宵の朔に-主さまの気まぐれ-

宿りしもの

凶姫への激甘な光景を見せつけられた姫君たちは傷心して屋敷を離れた。

だが海里は居座ったままで、どこから持ってきたのか刀を手に庭で素振りをしていて、その刀を振る速さに凶姫が笑った。


「すごい音が聞こえるんだけど」


「ああ、海里が素振りしてる。あいつはあれだから嫁に行けないということにそろそろ気付いてもいいのに」


「彼女は元々豪の者ですからぜひ百鬼にと誘ったこともあるんですよね」


「あいつ、なんて断って来たと思う?‟嫁に行きたいからいやです”だぞ。もう行き遅れてるんだから今でも遅くない。もう一度誘ってみようかな」


――皆で夕餉を摂りながら海里の話題をしていたのだが…

凶姫は何故か箸が進まず、米を口に入れては茶を飲んで密かに流し込んでいたことに息吹がすぐ気付いて首を傾げた。


「姫ちゃん無理して食べなくていいんだよ?具合でも悪いの?」


「ええ少し胸やけがして…。夏ばてしたのかしら」


「お祖父様を呼ぼうか?」


「いえ、横になっていればすぐ治るわ」


「後でお布団敷いてあげるから姫ちゃんは横になってて」


心配した柚葉が座布団をふたつに折って即席の枕を作ってやると、凶姫はすぐ横になって庭を見ながらぼそり。


「…食べすぎたかしら」


「当然だろ。あれだけ団子を食ってたら胸やけ位する。食いすぎてお前が団子になるんじゃないかと実は思ってた」


「失礼ね!私、暑さに弱いのよ。まあ雪男さんほどじゃないけれど」


「ほんとそれ!今年の夏は暑いよな」


「お前は毎年そう言ってるぞ」


輝夜はにこにこしながら凶姫の頭をなでなで。


「養生なさい」


「ええ、ありがとう」


柚葉が団扇で扇いでくれて涼んでいるうちに睡魔がやってきて寝てしまった。

誰かが傍に居てくれて優しくしてくれる――


こんなに安らげる場所を与えてくれた皆に深く感謝しながら、寝息を立てた。
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