宵の朔に-主さまの気まぐれ-

朔と凶姫

「何故関わってはいけないんです?柚葉は何も悪くないでしょう」


「これは妾と潭月と柚葉が交わした約束だからじゃ。あの娘はお前が関わることを由とはしておらぬ故。いい娘なんじゃが…惜しいのう」


「…俺は関わりますよ。道に迷いそうになったところを助けてくれたんです。何か礼をしなければ気が済まない」


「そうか、じゃあ好きにするがよい。その代わり、凶姫には絶対に関わらぬと約束せよ」


「…」


ふたりを天秤にかけることなど考えもしなかった朔は、今まで祖母や祖父の言うことを素直に聞いてきた反動がここで出た。

にっこり笑顔になると周の肩を抱いて見合い相手の元に帰りながら、ひそり。


「お祖母様がそうおっしゃるのなら、俺は見合い相手にも会いませんし、お祖母様たちの我が儘も聞きません。柚葉と凶姫は俺が何とかします。もし面倒なことになったら、助けて下さい」


「ふむ…孫に嫌われるのは嫌じゃ。相分かった。ではひとまず雪男を人身御供に差し出してもらおうか」


「喜んで」


部屋の隅に控えていた雪男が飛び上がって恐れ戦き、朔はこの日の見合い相手との対話をそつなくこなしながら考えていた。

柚葉は頑なだ。

もしかしたらその点では凶姫の方が色々話してくれるかもしれない。

柚葉からは凶姫の話を――凶姫からは柚葉の話を。

ふたりは仲が良いからきっと互いの立場を不憫と感じていることだろう。


――急いで宿屋を出た朔はいつもの約束場所に足早に向かい、泉に素足をつけて涼んでいる凶姫を見つけて隣に座った。


「待たせたかな」


「そうね、少し待ったわね。…柚葉と会ったの?あの子の匂いがする」


「話を聞こうと思ったんだけど、逃げられた」


「ふふ、あなた避けられてるもの。どうせ手を出して泣かせたんでしょ」


「いいや、手を出す前に逃げられたな」


本当は手を出すつもりなどなかったのだがそう嘯くと、凶姫がふっと朔を見つめて口の端に笑みを浮かべた。


「次は私に手を出そうとしているわけ?」


「そうだな、できれば」


また嘯くと、凶姫が楽しげに笑い声を上げた。


「その時は手練手管であなたを陥落させてみせるわ」


凶姫との会話は楽しい。

さっきまで頭を悩ませていたのが嘘のように笑みが戻り、手で水を掬って凶姫の顔に飛ばして怒られながらもふたりは声を上げて笑っていた。
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