リボンと王子様

秘密を隠した日

「お帰りなさい、千歳さん」

「ただいま、穂花」


千歳さんの自宅玄関で出迎える。

千歳さんはフワッと微笑んで、ギュッと私を抱き締めた。

優しく私の唇にキスを落とす。

帰宅した時の千歳さんの癖だ。



千歳さんのスーツからは汗の香りに混じって外の香りがする。

千歳さんと四年ぶりに再会したあの日から一ヶ月近くが経った。



私達は変わらずに一緒にいる。

とはいっても、一緒に暮らしているわけではない。



多忙な千歳さんが早めに帰宅できる日に、こうして千歳さんの自宅で待っていたりしている。

休日には一緒に出かけて、買い物をしたり、映画を観に行ったりするようになった。



……私は今まで特定の誰かと親密な関係になったことがない。

男性が恐いわけではなく。



大学生の時に告白されたことはあったけれど『好き』という気持ちがわからなかった。

誰かと付き合ううちに相手を想う気持ちが芽生えることもあるよ、と何人かの友人には言われたけれど。

相手と同じだけの好きを返せない状態で一緒にいられないと思っていた。

友達でもない、よく知りもしない人には特に警戒してしまう。



身持ちが固いとか潔癖症というわけではないけれど、特別な想いを抱かない相手に抱きしめられたり触れられることに耐えられそうになかった。

そんな私だから、誰かに身体をゆるすことなんて考えられずにいた。


だけど。



そんな私の葛藤を千歳さんはいとも簡単に越えてきた。


今ならわかる。

四年前に出会ったあの日に。

逆らえない引力のように、千歳さんに惹かれたあの日。



私は彼に恋をした。

あんなにアレコレ考えていたのに。

理由なんてなかった。



何にも知らない人。

初めて会った人。

凄まじく綺麗な人。



彼の漆黒の瞳に見つめられるだけで。

耳朶に響く低い声を聞くだけで。



上がる体温。

熱をもつ頬。

狂ったように速い鼓動。

胸を締め付ける感情。


あの日、私が逃げださなければ私達は何か変わっていたのだろうか。



千歳さんに抱き締められたり、キスをされると、胸がいっぱいになって、言葉にならない泣きたいような気持ちになる。