God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭
命懸けの恋愛なんて
生徒会室に、右川と2人きり。
こんな場面は今まで何度もあった。
だが、怪しい態度が始まってからは初めてだ。やけに身の危険を感じる。
最近、以前にも増して、挑発的な行為に及んでいるのだ。ここでどんな事が起きてもおかしくない。
だが、右川は少しも、こっちに近づいて来なかった。今は文化祭の色々で頭が一杯らしい。その様子を見て、ホッと胸をなでおろす。
見ていると、その手元は熱心に何やらをめくり、読んでいた。
「これ?茶道部が今度の文化祭で配るらしいんだけどさ」
手渡されて見ると〝お茶の種類〟に始まって〝茶人の歴史〟などが箇条書きにしてある。
「アギングが、調べてまとめてくれって言うから」
そこで片側使用済み用紙を、ごっそりと取り上げた。そしてその殆どを、右川はリュックに仕舞った。(双浜高の経費削減の影響は右川亭にまで及ぶか。)
右川は、その用紙を1枚だけ取り出してその裏側に〝とある茶道の色々〟と、カラーペンでタイトル(?)を書いた。
阿木に頼んだ〝引き止め作戦〟続行中、という事かもしれない。
ここ最近の状況からして、こんな引き止めって必要なの?と、そのうち阿木から責められる気もするけどな。
ここに来ればお菓子も食べ放題で、それに釣られてもいるんだろう。右手のペンより、左手でチョコをつまむ頻度の方が高い。
「そう言えば、茶道部って、どういうのやるの」
「何か、お客さんにお茶出せって言われてた」
そんな、他人事みたいに。
「辞書貸して」と来たので、渡してやる。
いつの時代か分からない、誰だか先輩の忘れ物。
右川は、「面倒くさいなぁ」とか言いながらも作業に取りかかり始めた。
「こういうの、日本史とかそういう感じなのかよってばよ」と、辞書をパラパラとめくり、「あたしなんかより隈元さんの方が詳しいんだけど」と愚痴りながらも、何やらサラサラと書く。
今までの振る舞いは何だったのかと思う程、すっかり普通に普通だった。
やっと肩の力を抜いて喋れる気がする。
「おまえさ、いつか山下さんが言った事だけど。ちょっとは気にしてる?」
右川は目を丸くして、「何?アキちゃん、何か言ったっけ?」
「〝学校活動を大事にしろよ〟」 
だから、何が何でもやらなきゃってそんな決まりは無いんだし……といった愚痴も言わず、こうやって面倒くさい調べ物でも、ちゃんとやっているのかと。
それを言うと、「あー……」と、右川は1度空を仰いで、
「アキちゃんてさ、高校ん時、結構やんちゃで。学校活動ほとんどフケちゃったらしいんだよね。だからだと思うんだけど、あたしにはそういうのに、ちゃんと関われよって、うるさく言ってくれてさ」
「へぇー。ていうか、山下さんがやんちゃって、何か面白そうだな」
「でも自分がフケちゃって、それをあたしに言っても説得力なくない?」
「それはそうだけど。そういう後悔があるからって事もあるわけで」
「後悔してんのかな。よその学校の文化祭でお化け屋敷に乱入したとかでさ、先生にすんごい怒られたんだって。嬉しそうに言ってくれてさ」
「へぇー。武勇伝」
そんな話を聞き流しながら……冷静になれば分かる事だ。
ノロケのような恋バナが始まっている。
だが、右川がこれほど(普通に)機嫌良く話し掛けてくるのも珍しい事なので、ここは気持ちよく語らせてやった。
とはいえ。
「おまえさ、物食ったり書いたりする時も、その手袋って外さないの」
「あー、今日はまぁ、いいか」と、右川は自分で何かに納得すると、「ゴム臭っ」と手首辺りを匂いながら、その手袋をはずした。
その程度の、おまじない。そんなの続ける意味あんのか。
「あれ?今って、どんぐらい?」と訊かれて、普通に時間だろうな。
「3時、15分前」
右川は少し考え込んで、うん♪と頷いて何かに納得すると、再び作業に取り掛かった。
あのさ。
「前から聞こうと思ってたんだけど、何でいつも3時半に帰るの」
「だってアキちゃんが、それぐらいは学校に居ろって言うから」
そんな事だろうとは思った。
そして、こっちが何も言わないうちから、「アキちゃんはね、みっともない女子が嫌いで。理想が高っかいんだよ。こないだも来てたお客さんにさ」と、また恋バナ(?)が始まる。別に、話してくれなんて一言も言ってないけど。
その1~美人のOLさんにはサービス過剰!という〝嫉妬〟。
その2~鍛えられているというアキちゃんの筋肉、かなりイケてるの!という〝自慢〟。
その3………………俺はとりあえずキリのいい所まで聞き流して、
「結局の所さ、おまえって、山下さんに、どの位のめり込んでる訳?」
横槍に話の腰を折られて、右川はあからさまにムッとした。
「そんなの命懸けに決まってるじゃん。見てて分かんない?バカなの?」
「かもな。この所、見ていて増々分からなくなるよ」
最近の俺に対する嫌がらせ、執拗な、あの態度。
「山下さんに命懸けが聞いて呆れる。そろそろ吐けって。あれは一体、どういうつもりで」
「あーもう!失敗」
俺の台詞を遮って、右川は乱暴に紙を破った。
誤魔化されてたまるか!
「何を企んでるのか知らないけど!」
「もうさ、のめり込むとかイカれてるとか、そういう言い方やめてくんない?地味に不愉快だから」
あれは相当言葉を選んで言ったつもり。
その口ぶりからして、俺以外にも色々と言われているようだ。
山下さんの態度から見ても、どうみても〝親戚のお兄さん〟という以上に進展の望めない関係。そんなの、命がけにも程がある。現実を見ろという仲間の助言(恐らく、進藤)ならば、それは的確だ。
……いや、だから、誤魔化されている場合じゃない。
「だったらなおさら俺なんかに、くっ付いてる場合じゃないだろって」
「そだね。原田くんの頭髪。のぞみちゃんの女子力。課題は山盛りだもんね」
何だか壮大な(?)テーマに及んでいる。
「だーかーらー、そんな誤魔化してる場合なのかよって」
「ねー、知ってる?ヨリコに彼氏が出来たんだよ」
その瞬間、自分が次に何を言おうとしたのか、見事にスッ飛んだ。
「え、マジ?誰?」
「塾で会ってる子なんだって」
別の学校か。そう聞くと、何となくツマんない。
「それじゃ、イジれないじゃん」
「今度、文化祭に親戚と偽って連れてくるとか言ってたよ」
「そんなら、じっくり見物してやろうか」
「あたしと松倉で、これからその彼氏を見に行くんだけど。どこ集合だろ」
一回うちに来んのかなぁー……と、右川はスマホを、ぴこぴこ始めた。
「お店が忙しくなる前に、ちゃっちゃと済ませたいんだけど」
友達の幸せより、自分の都合か。
てゆうか、さっき自分が言い掛けた事って何だったっけ?
それを思い出そうとして、ふと何気に窓から外を眺めると、ちょうど校庭のド真ん中、1組のツーショットが、何やら仲良くやっている。
よーく見ると、ご存じ、剣持&藤谷だった。後夜祭でバンド演奏をするとか。場所とか楽器の位置とか、色々と確認しているんだろう。
ぼんやり眺めていたら、その2人の距離が急に狭まったかと思うと。
キスした。
うわっ!
いや、これは2人のキスに驚いたのではない。いつの間にか、右川が俺の側に居て、スマホを片手に、だがその目はカブリつくように2人の熱い場面を見物している。
「あれって、誰?」
「誰って、剣持と藤谷じゃないか」
「違ぁーう。サカってる方じゃなくて。向こうのグラウンドの隅っこでボール蹴ってるヤツが」
よく見ると……居た。確かに男子が。独り、リフティングしている。
「あー、桐生か。1組の」
「どういうヤツ?」
「どういうって……桐生を知らないのか。おまえ女子力ツブれてるぞ。吉森どころじゃない」
そこで、桐生の輝かしい色々を話して聞かせてやったのだが、右川は、「ふ~ん」と投げやりに反応して、元居た椅子に戻ってしまった。
だがしかし、ここは聞いてみたい。
「おまえも一応女子だな。桐生みたいな、やっぱ、ああいうのが気になる?」
右川は呆れたように溜め息をついて、
「もうさ、ちょっと人の事訊いただけで怪しいとか言うの、やめてくんない?特に、あんたの周辺ってしつこいよ。地味にウザいから」
ムッときた所でグッと抑える。最近、免疫が出来てきた。地味に哀しい。
「つーか、最近さ、俺の周りで、急にまとまるヤツが増えて」
右川は、何が言いたいの?と怪訝そうな顔で、すぐに、「あー……」と、したり顔で頷くと、
「てことは、あの桐生ってのも、もう誰か居るの?」
「って、おまえやっぱり」
「はいはいはいはい、あーもうお腹一杯。止めた」
「いやいや、そうだろ?そうなんだろ?だったら、俺なんかに張り付いてる場合じゃないって。山下さんよりは若干身近なターゲットかもしれないけど、桐生はなかなか競争率高いから」
「だーかーらー、聞いただけ、ですけど」
右川は、「面倒くさ」と、無造作に辞書をパラパラとめくった。
だが、
「ねぇねぇ♪」
また急に態度が豹変。黄色信号。少々距離を取って、警戒。
「その、先刻あんたが言った、急にまとまるヤツらって……どういう事情?誰と誰?」
興味深々で食い付いてきやがる。そうか、そこは聞き流せなかったか。
阿木と永田会長。
あそこの剣持。
ノリはご存じだろうけど一応伝えて。
工藤、浅枝も。
そこで浅枝の名前が出た事に、右川は大層驚いて、「え!?マジ?誰?誰?」
食い付きがいい。俺はちょっと得意になって、
「バレー部の石原。俺が繋いでやったみたいなもんだけどさ」
「誰それ。知らない。イジれない。ツマんねーの」
……部活を見学しただろ。
「うちのグループではヨリコぐらいかな。彼氏できたのって」
う~ん……と、右川は大きく伸びをした。まるで凹凸の無いその上半身を、俺は横目で、そして同情で眺める。
「あの永田も何とか繋がってるようだし。俺の周りで居ないのって言ったら……俺と黒川だけか」
ちら、と目をやる。
〝沢村くんには、あったしが居るじゃ~ん♪〟とは、言ってくれない。
化けの皮、剥がれ過ぎだろ。
「そういう話聞いてさ、おまえは何か思ったりしないわけ?」
「女子に相手にされなくて可哀想ぉぉぉ~っていうか、ザマみろ」
「いや、黒川の事じゃなくて」(って、俺もか!)
周りがどんどん幸せになると、ちょっと自分もそろそろ……みたいな。
それで俺は失敗した訳だが。
「別に。考えた事ない。あたし、アキちゃんが居れば幸せだもん」
こう言う時、思うのだ。
黒川と同じで、どちらも相手は社会人。報われない可能性が高い。
それでも、そこまで思う相手が居るのは幸せだと……俺は右川のそれには、どうしても頷けなかった。
こいつは、単に自分の感情を押し付けているだけ。
求められもしないのに薬を出し、頼まれてもいないのに余計な物を買い込む。3時半まで学校に居ろと言われて、何を楽しむでもなく、単に言いなりになっているだけ。依存の塊だ。
「山下さんとか、そんな高望みしなくても、鈴原とか海川あたりとくっついて仲良くやってりゃいいのに」
これ以上、俺に憑り付くなと言う警告と共に、学校活動を犠牲にする命懸けの恋愛なんて、そんなのはおまえのレベルじゃないと、言いたかった。
右川はムッときて、
「アキちゃんとその辺の男子を一緒にしないでくれる?海川とスーさんは別にしても、とりあえず、あんたとキリンは地味にゴミだから」
「キリン?」
「あそこの、玉蹴りくん」
「桐生がゴミかよ……(って、俺もかよ!)というか、おまえは、そのゴミにどんだけ寄りかかってんだよ。もう知らねー。課題は自分でやれ。金輪際手伝わないからな」
「それぐらいやってよ。あんたがスーさんに妙な事言ったりやったりのお陰でさ、ついこないだまで、松倉にもヨリコにも、あたしとあんたが怪しいとか言われ通しなんだからね」
「それって俺のせいか?ついこないだどころか超・最近、おまえがいきなり妙な態度に出るから俺だって周りから色々言われて」
そこに、「ちわ、松下居る?」と先輩男子が入って来た。
成り行き上、振り上げた拳を……ひとまず降ろす。
「あー、居ないです」
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