God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭
今一番〝秋〟の似合う男子
ここは〝右川亭〟。
ラーメン。チャーハン。生姜焼き定食。
メニューはそう多くはないが、部活帰りの双浜高生を刺激する、当たり前に美味い当たり前のラインナップがこの店の売りだ。(と、俺は思っている。)
今日も部活で短い大暴れの後、生徒会作業に追われ、その後、阿木に誘われて此処に至った。
店に入ると、既に永田会長がカウンターに居て、既に何やら食った後らしく、店主の山下さんを相手に談笑している。
2人には共通の知人がいる。それは〝右川の兄貴〟であり、それは山下さんには従兄弟にあたり、永田会長からすると2つ上の先輩にもあたる人物だ。
「私、親子丼、下さい」
阿木は永田会長の隣に座り、シャツの袖を巻くって、「何だか暑い」と手の平をパタパタさせた。「俺は、ラーメン下さい」と、こっちは気を使って(?)、永田会長の向こう隣に座る。
阿木は俺をここに誘う口実に、「右川さんの様子を見に行かない?」と、のたまったが、永田さんは永田さんで、こっちが何を聞いてもいないのに、「右川先輩、どうしてるかなって。懐かしい話がしたくなってさ」と、自分に縁のある場所だからとばかりに、ここに来た言い訳をかましてくれる。
それぞれ言い訳がましい名目でやって来て、ここで堂々とデートしているという事ですか。2人の事は、すっかりバレて公認。いまさら言い訳とか名目とか、無意味だと思うけど。
何も言わなくても、永田さんが水を運んでくる。阿木は、一瞬の笑顔でそれに答える。そんな自然体で仲の良い姿を見せられたら、こっちは地獄的に寂しくなって……うらやましい。
それは俺だけじゃない。山下さんとの報われない(?)恋(?)を思って、右川がそんな眼差しで2人を見つめている(気がする)。
今も水色のエプロン姿で、リズミカルに野菜を刻んでいるが、その目はボーッと2人を眺めて……何だか手元が危ういな。
「夏休み。スイソーのチャリって、どうだった?」
不意打ちみたいに、永田会長に訊かれた。
スイソーとは吹奏楽で、チャリとは自転車ではなくチャリティコンサートのことである。募金を目的に何度か行われている、吹奏楽部の定期演奏会。
俺はこの夏、初めて行った。
そこは駅前広場。激励の花もたくさん。OBもたくさん。
「松下さんと一緒に行きました。2人でお金もちゃんと入れましたよ」
これは、生徒会の半分は味方だと錯覚させるため、ですよね?
……と、松下さんの様子を横目で窺いつつ、である。
その柔和な物腰とは裏腹、実情、松下さんは〝生徒会を裏で仕切る影の番長〟だ。厄介事に介入する手筈。執行部の人選。様々な場面で、松下さんが権限を行使していた事を知らされて以降、生徒会室は今までと違う空気を感じる。
微妙な脅威を、永田さんにやんわり告白すると、
「見た目に騙されるなよ。松下はパンクだからな」
永田さんは口先では笑いながらも、目は笑っていない。
確か、永田さんは松下さんの尻に敷かれてると、阿木から聞いた。では、阿木の尻には?……影番以上に怖くて聞けない気がする。
ここで永田さんには言えないが(阿木に敷かれている事ではない)。
そのチャリティで重森は、「確かバスケ部は今年も、県大会予選突破ですよね?」と、俺でも松下さんでもなく、隣の部長に投げ掛けた。
「あいつら、毎年すげーよな」
答える3年部長の、その目は決して笑ってはいない。
今日もバスケはどこかで試合中。だから永田会長はチャリティには来れない。
本当にそれだけが理由なのか?と、どこか疑う目だった。
そして、差し入れや寄付金を次々に持ってくる賑やかなOBをにこやかにあしらう傍ら、別の意味で貧相なメンツの現役生徒会をあざ笑っていたようにも思う。
「そん時、ついでに我がバレー部の成績を聞かれまして」
隠すような事でもない。てゆうか、永田さんはもう知っているだろうけど。
「どうだったの?」と、山下さんに興味津々で食い付かれてしまった。
俺は堂々と胸を張る。
「予選2回戦で敗退です」
ぶぐっぶぐぐぐぅ!
右川が、喉から汚泥を吹き出す勢いで笑い散らした。
その勢い、指の1本も切れちまえ。
曰く。
バレーの予選大会は、今年も俺と工藤がちょこちょこ出されたのだが、大活躍(?)も空しく、2回戦で退く結果となった。
永田さんは、「毎年の事とはいえ……」と、情けないと見せ、
「欲が無いっていうか。バレー部って、趣味のサークルみたいになってないか?」
「それって、松下さんに訊いてみたらどうでしょう」
「訊かないから、今日も俺は生きてる」
遠慮無く、鼻で笑った。
もし永田さんがそれを言ったら、「バレーの練習時間を削ってこんな面倒くさい事をやらされてる。そのお陰で、お前がバスケに集中できるんだろが」と、ブスリとやられる気がする。
実はそれと同じような事を、チャリコンで挨拶に出向いた先で、松下さんは、吹奏楽の3年にも言われていた。
「永田は、おまえに甘えてんだよ。聞いたら永田のヤツ、彼女も居るんだって?松下なんか忙しくて合コンにも行けないっていうのにさ」
「いや~、僕はモテないだけだって。情けない話だけど」
松下さんは自虐的とも思える台詞でその3年と和気あいあい、彼女居ないあるあるで仲良く会話が続いて……2人は意思を同じくする味方同士だと、本気で錯覚しそうになった。
そして世間では、松下さんには彼女が居ない事になっている。その事実も俺を驚かせた。
「今回は、どんだけ儲かってんだか」
永田さんは水を煽った。まるで、自分の感情を抑え込むみたいに。
「学校もPTAもOBも持ち上げ通しで、褒め殺し。あれじゃ好い気になっちゃうよな」
永田さんは愚痴りながら、阿木の隙を狙って、親子丼で1番大きな鶏肉をツマんだ。
「うん、美味い」
「やだ、もう」
あーーー、目の前のラーメンがやけに熱いーーー。
そう言えばあの日も。
場所をマックに変えて松下さんと話し込んでいたら、そこに松下さんの彼女と思しき女子がやってきて……つまり、待ち合わせだった。
「俺はもう行きます」と立ち上がれば、「うん。そうして」
〝影番〟パンク松下に、おまえは邪魔だと睨まれたら、立ち去るしかないよな。
松下さんの彼女は双浜とは別の女子高に通っている。俺は、そこまでは知っていた。その姿を見たのはあの日が始めて。1度振り返って見た所、落ち着きのあるお似合いの2人である。
彼女は長い髪をゆるくツインにまとめた真面目そうな雰囲気で、癒やし系。ナチュラルな色合いのワンピースが良く似合っていた。松下さんとは、すぐ勉強の話になったようで、塾の課題?模試の結果?そんなプリントを見せあって。
……受験生同士。
思えば、松下さんも永田会長も、3年は特に受験とか進路とか、色々と忙しい理由はある。だが、それでも彼女が居る人には、ちゃんと居る訳で。
そういう種類の〝持ってる人〟。
何も持たず空っぽの俺は、今一番〝秋〟の似合う男子だと、思えば思える。
「大学イモ、おまけね」
山下さんが、何故か俺だけに向けて、ちょこんと出してくれた。
「いただきます」
快く受け取ったものの、俺って、そんなに物欲しそうな顔をしてるかな。
〝持たない〟俺は、ひたすら他人から貰うしか術がないのか。
美味いですけど。
「痛っ!」
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