God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭
恋のおなじまい♪
「ゴルァッ!無視すんなッ」
永田は自転車と彼女を投げ出して(!)、バタバタとやって来ると、
「あ?あ?何だッ?おまえらいつの間に!?」
永田に好奇心丸出しで追及されても、右川はその手を緩める事はなく、緩めるどころか、
「永田くんっ、あたしと沢村くんの間を邪魔しないで♪」
ますます、ぎゅぎゅっと腕を掴んだ。これにはさすがの永田も目を丸くして、
「沢村ぁ、おまえ干され過ぎて、オンナとイヌの区別が、ついてねーぞッ」
とうとう俺の頭の中身を疑い始めたか。
それも分かる気がする。今、俺自身が1番、強く疑っている。
右川は、ゴム手袋の両手を頭の上にかざして、「わんわん♪」とイヌ耳(?)を作って見せた。
それには永田も、そして放りだされた彼女も、はたまた偶然そこに通りがかった先輩後輩その他色々も、俺の半径3メートル以内の誰もがこの様子を見物して、そのうち……笑い始めた。
「うわぁ♪あたし達って、注目の的だね。わんわん♪」
「そだな」
「お似合い♪」
「違うな」
右川はイヌ耳で1度離れた両手を再び、こちらに向けて妖しく忍ばせてきた。
「だから、やめろって」
「やだぁ~」
「いいから離せっ」
こちらとは目も合わせず、右川は何かに酔いしれるようにひたすら腕に掴まる。もう何を言っても無駄なのか。俺は説得を諦め、右川の腕を強引に引き剥がすと、走る、走る、走る!
「待ってぇ~♪」
それでも後ろから追いかけてきた。その後ろから、「オレ様が捕まえてやるゼッ」と、自転車で、やる気満々、永田が襲いかかる。俺は、全力疾走で2匹の怪物から逃げ出した。
もう、朝から大汗。そのまま1時間目の日本史に突入した訳だが、当然と言うか、先生の話は全く頭に入って来ない。
右川のヤツ、どういうつもりか知らないが、今回は……手強い気がする。
そう、右川の奇行はこれだけに終わらなかった。
次の休憩時間、右川はさっそく3組までやってきて、
「沢村先生♪」
俺の前の席に居座り、こっちを向いて俺の机に肘をつき、呼んでもいないのに、「来たよ♪」とくる。ぽかんとしている俺の口元に、「はい♪」と飴玉をポンと放り込んだ。
たまたま3組に遊びに来ていたノリと工藤は、俺達をイジるのも何も忘れて、俺と同じように口をポカンと開けている。
「ほ、放課後って言っただろ」
なんだか甘ったるいミルク味が、いつにもまして濃厚に感じる。
右川は、2次元美少女アニメの主人公ように、むう♪と小首を傾げて、
「だーってぇー、放課後まで待てないもん♪むん♪むん♪むん♪」
まるで、何かをおねだりするガキのように、その身体をリズミカルに動かした。
ノリは、固まった工藤の肩に手を置くと、「大丈夫。勘違いじゃないよ」と、ひたすら頷く。
そこに、俺と同じクラスで右川の友人、進藤ヨリコが、「あ、ここに居た!」と笑顔でやって来た。……助かった。
「ちょっと、どうにかしてくれよ。右川が変なんだよ」
進藤は、「そんなの前からだよ」という、俺にとって今1番求められる嬉しい反応の後、
「後輩がね、生徒会の書記先輩とコビトさんが、何だか怪しいとか言ってるんだけど。つまり、これの事かな?」
後輩から〝コビトさん〟と、呼ばれて……それは可愛がられているのか、それとも舐められているのか。
右川は、頬杖をついたまま、「そおなのぉ~。いや~、やっぱヨリコの言う通り、現実見なきゃと思ってさ。まずは目先の中間テストでしょ。やっぱここは沢村先生に助けてもらおうかなって。へへ♪」と笑って、下手くそなウインクまでやらかした。
そして白いゴム手袋が、またしても怪しくこちらに這い寄ってきたかと思うと……ぴと♪
「ほらぁ!」
この、くだらない芝居を見やがれ!とばかりに、俺はこれ見よがしに不快感を示したのだが、
「カズミちゃん、それは何?」
進藤が真っ先に喰い付いたのは、妖しいゴム手袋の方だった。
「これ?恋のおなじまい♪」
さっそく言えてねーし。
「なに、その……入れ墨みたいな変な模様」
やっぱり進藤も怪訝そうに眺めた。「何なの?」と、そこで何故か俺が説明を求められてしまうけど、「いや。俺は知らないし」
「あ、そーだ♪」と右川は急に立ち上がった。
「えっと。皆さん皆さん♪注目注目♪あったし、次の選挙、ちょーっと出てみようかなって思ってるので。よろくし♪」
俺は我が耳を疑った。
当然というか、周囲も驚いて固まっている。
「だっておまえ、会長やらないん……だったよな」
「それなんだけど。実は、どうしよっかな~って、ちょっと迷ってきてさ」
え……マジか。
「右川さん、本当?またやる気出た?」と、ノリが身を乗り出して右川に迫る。
俺も聞きたい、そこの所。
右川は、ノリに向かって「むん♪」と胸を張り、次は俺に向けてにっこり笑う。
それきりウンともスンとも言わない。どこまでマジなのか。激しく疑わしい。
特に、この〝にっこり〟は曲者だ。そう言えば、こんな間近で、この怪しい〝にっこり〟を見たのは初めてで……いや、以前もあった。あったな、確か。
今はよく見ると、右側に微かにエクボらしき窪みがある。そのせいなのか、無駄に無邪気な笑顔だ。そう言えば、あの時は……もう突発的で、そんな細かい所までガン見する余裕は無かったし、それからも色々と機会はあるにはあったけど……いつの間にエクボなんか……気がついたらじっくり眺めている自分が、急に恥ずかしくなって目を反らした。
「なんつーかさ、みんなが期待して応援してくれるみたいだから、その期待に応えたいよーな気もするような、しないような♪」と曖昧だが、前向きに迷っている。これはこれで、気持ちの悪い。
だが、修学旅行の時のように、右川自身がまたやる気になっているのなら問題は無い訳で。最終手段に出なくても、まだ説得の余地があるなら……あの切り札は脅迫ではなく、山下さんも応援しているんだから頑張れ!という激励にも転化できる。後は、選挙期間中のモチベーションを保てばいいだけ。
このまま保って。
「そう言う事なら、沢村くん、カズミちゃんをよろしくね」と、進藤が俺の肩をポンと叩いた。俺は頭の中で、これからに向けて計画を巡らせながら、「あぁー……うん」と、ぼんやり頷く。
「まー、そういう事だから沢村先生、はい、よろくし♪」
右川は、英語で出されたという課題を取り出した。
「は?何をどさくさに紛れて。そんなの自分でやれよ」
「だーってぇー、よく分かんないしぃ。いちいち辞書引くの面倒だしぃ」
「それが、おまえの勉強だろ」
右川を責めながらも、俺は心のどこかでホッとしていた。
その甘ったるい喋り方は別として、これはいつもの、あの、お馴染み、いい加減な右川である。
いつものおフザケ、と次第に周囲もそんな結論に着地していた。
右川は課題を眺めながら、「うーん」と唸り、手袋の指で頭をぽりぽりと掻く。
「ねー、ちょびっと思ったんだけどさ」
そこで頬杖をついた。
「こんな頭の悪いあたしが、生徒会なんか、やっていいのかな。あたし、こんな簡単な課題もパパッとやれないようなバカだよ?それでも大丈夫?」
「いや、そんな成績は関係ないっていうか」と、言いきれない気もするが。「それは程度の問題っていうか」それより、そんな何の屈託もない目で覗き込まれると、こっちは少々うろたえる。
「沢村は知ってると思うけど、あたしの頭ん中って小学生以下だと思うんだよね。数学以外全部パーだよ?こんなバカな会長でもいいの?」
「そこまで自分を卑下しなくても……」
思わず、庇い立てする始末だ。
ノリは、「大丈夫。こんなの、いつだって洋士がサクッとやってくれるよ」
な?と、俺に丸投げ。
そうは行くかと、「それこそ同じ5組なんだから、ノリに頼めばいいじゃん」
と返り討ち。
するとノリがこっそり耳元に近寄ってくる。何かと思えば、「なんだかずいぶん頼られてるじゃん。チャンス」と、嬉しそうに俺の背中をドンと叩いた。
「それは……まー、こんな事ぐらいで立候補してくれるなら」
「そうじゃなくて。洋士に彼女が出来るチャンスじゃないか」
「いや、だからそれ違うだろっ」
「もぉー、ノリくん、邪魔しないでぇ~」
ぷうーっと、右川が膨れて見せる。
ほら!と、ノリは課題を丸ごと俺に押しつけて、
「5組のそれ、明日までだからね」
マジで、後で覚えてろよ。
「……じゃ、単語の意味だけなら、書いといてやるよ」
結果的に折れてしまったけれど、周囲の好奇な目線に、俺はどこまで耐えられるか。おフザケと分かっても、イジりたくてイジりたくて仕方ない。進藤の目は爛々と輝いている。
とっとと終わらせて、右川を追い出そう。
俺はプリントをざっと眺めた。
パッと見て辞書を引くような難しい単語は見当たらないと、その場で取り掛かる。何のサプライズも起こらない事に、ノリ、工藤、進藤も飽きたのか、静かに離れて……気がつけば俺の半径3メートル以内は、右川を除いて他に誰も居なくなった。
右川は頬杖、まるで夢見る乙女の様子で、俺が課題を解くのをジッと見守っている。これは、ひょっとして1番ありえない罰ゲームなのか。
「おまえ、本当に考えてんだろうな。立候補」
「考えてるよぉ~。沢村くんの事。うひ♪」
ひょお~!と、3メートル先でヤツらが弾けた。
周囲は、見ない振りで見て、聞かない振りで聞いている。
「明日までに、やっといてやるから。もう教室に行けよ」
「ここに居ちゃダメぇ?」
右川は、熱っぽい目で見つめながら、悩ましく小首を傾げた。どこでそんなワザを仕込んだのか。もう何を言ってもピクリとも動かない右川に業を煮やし、周囲の好奇の目にも耐えきれないと、「ちょっとトイレ」俺は1度教室を飛び出した。ギリギリまで校舎を彷徨い、チャイムと同時に、こっそりクラスに戻って来たら、ヤツらも右川も消えている。
胸を撫で下ろし、化かされた気分のまま、次の授業をやり過ごした。

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