God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭
「「「沢村の彼女です」」」
次の休憩時間も。
またその次も。
「沢村くん♪」
右川はそのたび何度もやってきた。右川を振り切って教室を飛び出した所で、「あーん、待ってぇ♪」と、ますます貼り付こうと狙ってくる。
こんな事の繰り返しで、とうとう昼休み。
「まだ半日……」
一か月は経ったような疲労感が押し寄せる。
いつもは生徒会室かノリの居る5組でメシなのだが、今日ばかりはと学食に逃げてきた。
だが、どういう訳かすぐに見つけられて、
「さ・わ・む・ら・くん♪」
その場をとりあえずまた逃げ出すものの、何故かまた、すぐ見つかって。
こうなってくると、俺自身にGPSでも付いているのか。ドローンが飛んでいるのか。周りがスパイの如く、俺の動向を逐一右川に知らせているのか。
そんな疑いまで起こる始末だ。
結果、昼休み中、パンを齧りながら校内を彷徨い歩いた。まるで〝逃走中〟。
そして、5時間目の選択授業。こればっかりは逃げられない。俺は恐る恐る5組の教室に入った。やっぱりというか、右川はすぐに俺を見つけて、
「沢村くん♪こっちこっち♪早く早くぅ♪」
その手には依然、ゴム手袋をしている。
いつものようにプリクラを並べて悦に入っている黒川に、「何だその手は?」
やっぱり訊かれて、「ちょっとね♪恋のおじまない♪ふふふ」と謎めいて見せた。
(やっぱり言えてねーっ。)
俺は恐る恐る席につき、見ない振り聞こえない振りで準備を始める。
チャイムが鳴ったというのに……こういう時に限って、先生の来るのが遅い。
不意に、「これ食べる?」と右川から、普通にお菓子を渡された。
どこか懐かしい〝コアラのマーチ〟。それぐらいなら、と受け取ってはみたものの、そのゴム手袋で渡されると、まるで〝滅菌済み〟と印を付けられたような気分になる。
「あれ?僕には?」と、ノリが手を出したら、
「やだな、も~、これは沢村くんだけ♪」
ね?と、右川はゴム手袋の人差し指で、ちょん、俺の頬を弾いた。
そんな事をしたら……案の定、まずは黒川が、「うっわ~!」
今現在、知らなかったらしい周りの同輩も、「何?」「何?」と好奇心丸出しで騒ぎ始める。右川はそれを全く気にせず、「今日から、あたしここに座る♪」と、俺の前に座るノリと強引に席を変わり、というかノリもノリで、「どーぞ、どーぞ」と快く席を譲ってしまった。……俺的にノリに対する不信感ゲージが頂点に達して、そろそろ爆発しそうなんだけど。
それを見て、黒川が一段と大きく、「うっわ~!!」
合コン女子どころじゃない。
「ちょい!」と俺の肩を弾いて、「これ何?どういう展開?」
「なんか、急に会長やってもいいとか言い出して。急に俺を当てにして」
俺は〝滅菌済み〟コアラを早々に飲み込んで、黒川に事の成り行きを説明した。
「生徒会なんて、おまえなんかにやれんのかよ」
黒川にやる気を疑われた右川は、「だーかーらー、それは沢村くん次第でしょ♪」と、俺の肩をツン!と突く。周囲の好奇な視線が俺に集中した。
「ねー♪さっそく今日の放課後、生徒会室、行ってもい?」
「い……いいけど」
〝右川が生徒会〟そのまんま、言葉だけに反応して咄嗟に受け入れてしまったが、よく考えたら何だか困る。
「いや。今日は部活だから……来なくていいよ」
「じゃ、バレー部の練習とかは見に行ってい?」
「え?何で」
どういう視察なのか。
すると横からノリが、しゃしゃり出て、「いーよいーよ。おいでよ」
「んじゃ、写真取るよぉ♪はい、ポーズ♪」
……何故?
うっかり曖昧なピースを決めてはみたが、頭が依然、現状を把握できない。
「うっわ~!わわわ!」と、またしても黒川が一段と派手な声を上げて、大喜びだ。
いつもの席に重森も居る。
周りの喜ぶとは程遠い様子で、それでもやっぱり見物している。
このまま、明日も明後日も、好奇の目に晒されるのは我慢できない。
ここは強く出ると、俺は決めた。
「おまえさ、そういう態度。もう止めろよ」
「何でぇ?」
「何でって、こっちが訊きたいし。何でいきなりそんな。気持ちの悪い」
「だってぇー……あたし」
まさか。
こんな公衆の面前で碌でもないハッタリをカマす気かと、真っ青になったら、「沢村くんが好っきなんだも~ん♪」と、そこは右川ではなく、黒川がフザけてカマした。周囲がドッと湧く。
「いいよなぁ。同じ学校に彼女が居るってさぁ」
ノリは遠くを見つめて、「幸せだよなぁ」と俺の肩に手を乗せた。
そこで俺は右川と顔を見合わせ、お互い、にっこり笑って……エクボ♪
「いや。だから違うだろ!」
右川はゴム手袋の両手を合わせ、ぱちん!(というか、パフ♪)と鳴らした。
「あ、そういえばまだ聞いてなかった。沢村くん、ライン教えて♪」
俺は何かを疑って、斜め下から右川を探った。
「おまえ、本当に右川?」
どっかにジッパーとか空気穴とか、付いてるんじゃないか。
「洋士、早く」と、ノリに急かされたけど、どうにも俺は動けないでいる。
「だったら僕が教えてあげるよ」
ノリはスマホを奪って、勝手にQRコードを登録させた。もういちいち覚えていられないレベルまで、ノリの色々が溜まってきた気がする。
「嬉しい♪」と右川は、うっとりスマホに頬擦りして見せた。
……おまえ、本当に右川?
不意に、黒川が俺の肩に手を乗せた。
「チビとデカいのはそうなる運命。荒妻女子との合コン、欠席でいいよな」
「行く。今なら行く!」
そこに吉森先生がやってきて、話は肝心な所で途切れてしまった。
黒川は、「かったり」と、いつものようにワザと悪態をついて見せ、右川も諦めたように大人しく前を向き、俺はまるで魂の抜け殻のように放心状態に置かれて……だが、いつ右川が振り返って、また妙な態度をとるかもしれないと警戒のやり通しで気が休まらない。
そして放課後。
生徒会室に逃げて来たつもりが、もう早くもそこに居る。
右川は、曖昧なピース写真を阿木と浅枝に見せながら、「なーんか、表情が硬いんだよね。なので、もう1枚♪」と、浅枝にスマホを手渡した。
「はい、ポーズ♪」
またしてもゴム手袋が怪しく絡んできて、ますます俺の表情は硬くなる。
ここは、ガチで強く出ると決めた。
「マジいい加減にしろよ」
俺は、もじゃもじゃ頭をパコン!と叩いた。右川がキッと俺を見上げる。その目はいつもの反抗的な右川だ。もう化けの皮が剥がれたのか。
だが、ゴム手袋の両手で頭を押さえ、右川はその場にうずくまると、
「あーん……、痛ぁい」
わざとらしい。そんなに強くは叩いてない。いつもと、同じだ。
だが、
「沢村くん、いくら何でも……ちょっと可哀想じゃない」
阿木は、右川を慰めるように、その肩に手を乗せる。
「可哀相なのは俺だろ。もうずっとこんな感じで。しつこくて」
「だからって、そんな強く叩かなくても。手加減ぐらいしてあげたら」
手加減。
僅かとはいえ、手加減はいつも有った。いつも、何度も。
「今まで1度だってそんな事言わなかっただろ。何で急に肩持つみたいな」
「だって、右川さんせっかく、やる気になってくれた訳でしょ?」
そう聞くと、確かにちょっと力が強すぎたかな?そんな錯覚じみた言い訳を思い描いてしまうし。
浅枝は、「ポッキー食べますか?」と、別の作戦で右川を慰め始めた。
右川が俯いた顔を上げ、「うん♪」と3本まとめて口に放り込み、まるで鳥のようにポキポキ、モグモグ♪
100パーセント、いつものチビ。慰めると言う状況には程遠い。
「聞きましたよ」
浅枝は、また1本、餌付けするみたいに右川に手渡して、
「超ラブラブじゃないですかぁ。惜しいなぁ~。もうちょっと早ければ、沢村先輩が勝てたのにね」
モグモグ♪浅枝も一緒になって3本まとめ食いした。
急ぐ必要はなかった。だが、俺は早々と部活に逃げ出した。
あのまま居たら、潰される。
だがその後、やっぱりというか、右川は体育館にも、わざわざやって来た。
誰がお目当てか知らないが、バスケ部を見に来る女子は割と居る。
なので見物人はいつもそこそこ居る。今日はその中でもチビが1番目立つ。
スペックでは1番存在感が薄い筈なのに。
「沢村く~ん♪」
遠くから手を振るその姿。黄色い声とは言い過ぎか。
俺は、ひたすら恥ずかしい。
呆気にとられる周囲に向かって、ノリ、工藤、黒川が声を合わせて、
「「「沢村の彼女です」」」
「やめろって」
「へー、彼女いくつ?」
「だから違うって言ってんだろ」
武闘派の先輩をものともせず、うっかりタメ口で突っ込んで、一瞬で俺の立場が危うくなる。
部活の合間の休憩時間、やっぱりというか、右川は水場にのこのこやって来て、
「はい、あげる♪」
おなじみのギョウザが飛び出した。
この、ギョウザは曲者だ。今まで、右川が何かヤラかす時には、必ずこれが登場する。
「部活の後でお腹空くでしょ?食べてね♪」
「「「「「「ひょう~!」」」」」と、周囲が爆発的に沸いた。
「かーのじょ、可愛いじゃん。幼稚園、どこ?」
「いや、だから、違うんですって……」
幼稚園じゃないし、彼女でもないし。
「はいはい、みなさん♪」
右川はまるで舞台ヒロインのように、その場で恭しくお辞儀をした。
「次の選挙、あったしが立候補する事になりそうな予感です。よろくしぃ♪」
その時、微妙に空気が変わった。少なくとも俺はそう感じた。
それを聞いた部員の、少なくともその一部は困惑、あるいは失笑。
「あれ?沢村が出るんじゃないの?」
「そ、それなんですけど」
「それなんですがぁ、沢村くんの熱烈推薦で、あったしが出ますぅ~♪」
右川はその場でピョンと飛び上がり、その勢い、俺の腕に巻き付いた。
ひょお~。
ひゅう~。
その、どちらとも違う空気が流れた……と思う。
バレー部は、バスケでも吹奏楽でもない第3極。微妙に蚊帳の外だけど、学校の色々は気になる所で、これを笑って見過ごしていいのかな?という戸惑い、そして不安が、仄見える。
お祭り騒ぎに誤魔化されない。そんな当たり前の感性の存在に、少なからずホッとしたというのが俺の正直な所だ。
その後、急に体育館が静かになったと思って時計を見ると……3時半。
右川の姿は、忽然と消えた。
最初から分かっていた事だ。本気で俺に気が有って憑り付いている訳ではない。
やっぱり何かを企んでいるのかも。警戒を怠るな、か。
右川が居なくなってからも、「奥さん、おウチで飯作って待ってんぞ」と、武闘派に冷やかされたし、部活を終えて立ち寄ったいつものスーパー自販機前では、「沢村く~ん、お散歩連れてってぇ、アソコにしてぇ、わんわん♪」と、黒川にもイジられる。
わんわん♪と、便乗して俺をイジるノリにはもう我慢できない。
「おまえがクラスの女子とヤバいって彼女にチクってやるからな」と、最低の脅しを掛けてしまった。
右川亭辺りを通りがかると、何だか急に体中が重くなって……その病は家に帰ってからも続いて……弟にギョウザを取られた夜になっても収まらず……なのに、何で俺が、他人の課題をやる羽目に!
〝単語の意味だけ〟
そう決めていても、「あー、これは引っ掛かる」「ここは当たったら、あいつのレベルじゃ無理だ」などなど雑念が浮かんで、参考にしろ!とばかりに矢印で欄外に引用とか、〝教科書45ページ参照!〟とか書いていた所、そのうち、そっちの方が面倒くさい。
もうそこから、まんま和訳を書きこむ羽目に陥る。最初からこうしとけばよかったと思うにつけ、何だか右川にシテやられたような気がしてくる。
あの、怪しい態度は、明日も続くのか。
あの、にっこりが1番くせ者だ。
今まで、俺に向けられていた表情はいつも不機嫌。
それが一瞬で溶けて笑顔に引っくり返ると、もちろん驚くし、意外と可愛気もあるじゃないかというギャップに反応してしまう。ある意味、小悪魔的な。
「ま、どんなに最強の悪魔になっても、サイズは小型」
今夜は、正真正銘の悪夢の予感がする。
俺は、くたくたで寝落ちした。

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