God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭
全てが陽気なアウェーに染まる
10月に入り、衣替えも済ませ、中間テストの1週間前となった。
試験が終わるまで、放課後は部活も無い。
そして校門では、右川が当たり前のように〝誰か〟を待っている。
「ほら。早く行ってあげなきゃ」
ノリを振り払って、俺は今日も裏門からコソコソと逃げ出した。
本日も〝逃走中〟。
そして、あの日を境に、右川の刺客が学校中の至る所に現れた。
「沢村が逃げ出すぞ!」
誰かの大声を合図に、「転がせ!」「角に追い詰めろ!」「グルグル巻きだ!」
そのうち、こっちの神経も超・過敏になってきて、間近でガサッ!と物音なんぞしたら、ビクッと反応するが早いや否や、身を低くして障害物に隠れるという離れ技まで身に着いてしまう。それを側で見ていた1番の刺客・ノリが、「リアルにモンハンやってるみたいだ」と、ゲラゲラ笑った。
ノリに向けて、俺の脳裏には究極にエゲつない脅し文句が浮かぶ。今や、右川が沢村を狙ってるのは確実だと、周囲はそんな勘違いのド真ん中にあった。
〝沢村は頑固だからなぁ〟
〝安心しろ。あいつは嫌そうに見えて実は喜んでる〟
〝沢村にも、やっとモテ期が到来か〟
周囲は2人の成立を冷やかすでもなければ、その幸せを見守るでもない。単に、俺の慌てぶりを楽しんでいるに過ぎない。大喜びで1番派手に楽しんでいるのが、永田バカである。
「おまえは、すげぇ!オレは、あのチビで抜く気には死んでもなれねーッ」
「そういうおまえは1度でも彼女で抜いたのか」
ギョッと怯んだ永田を見ていい気になってる場合じゃなかった。たまたま通りがかった後輩女子がそんなやり取りを聞いて、ドン引き。俺は、最高にエゲつない二重人格に変貌している。
試験期間中。
俺は全てに目を閉じ、耳を塞ぎ、とにかく目の前の問題に意識を集中した。
試験中ともなると右川もふざけている場合じゃないのか、休憩時間に3組にやって来るといった事は1度も無く、選択テストの時間もいつもより大人しい。
……久しぶりの平穏な日々。だがそれも試験が終わるまでの事。全てが終わった次の日、右川がさっそくやってくる。
聞けば、これまた数学以外の分野で追試が始まったらしい。
「沢村先生♪ま~た原田くんが、迷惑な課題を寄越してさぁ」
迷惑とは?
さっそく、ウィキペディアで意味を調べようか。
こっちはこれからの放課後、さっそく文化祭実行委員との顔合わせでそれどころじゃない。
だがまたしても逃げられない状況に追い込まれ、周囲はニヤリと笑いながら遠ざかり、当然と言うか、誰も助けてくれない。こっちは右川と言い争う時間も勿体ないと、しょうがないから答えを丸々書いていた。
右川はそれをのんびりと眺め、そのうち、居眠りまで始める始末。
ぶん殴って起こしてやろうかと思う反面、もし目を覚ましたら、そこからまた嫌がらせがノンストップ。文字通り、寝た子を起こすような事もしたくない。
すこーすこー……聞き覚えのある規則的な寝息、無防備な寝顔、それらを見ていると、またいつかの色々を思い出しそうになり……そんな、ウソから出た真みたいな事になってたまるか!
俺は1度、目を閉じた。
この放課後は……本当なら今日は生徒会室に居続けのはずで試験が終われば文化祭作業に集中のはずなんだけど今日は松下さんも永田会長も居て阿木も浅枝も居て実行委員とは単なる顔合わせとかこれからの予定確認とかそんな雑事なんだから別に俺なんか居なくてもどうにかなるしッ!
頭の中に雑音を躍らせて気を紛らわせる。ひたすら課題を解いた。そこへ、5組の担任・英語担当でもある原田先生が、3組を2度見して入ってくる。
「お、居た居た。どーこ行ってんだぁ。ちゃんとやってんのか」
右川はその声に飛び起きて目をこすると、慌ててプリントを手に取った。
「わ♪出来てる!早っ」 
「当たり前だろ」
誰がやったと思ってる。簡単な単語ばかりが並ぶ課題の、これのどこが迷惑レベルなのか。
原田先生は、赤ペンをくるくる回しながら、
「お、かなりいい線。今回は正解率が高いぞ。教え方が良かったのかな」
当たり前です……誰がやったと御思いですか。
「すっご~い♪うれしーたのしー♪やっぱ頼りになるなぁ。沢村くんは」
だろ?と、ドヤ顔してる場合じゃなかった。
ぴと♪
驚いた事に、右川は先生の居る前でも平気で取り憑いてきやがった。
「だから……もう、それ止めろって」
「いいじゃん♪いいじゃん♪」
「おいおい。先生の前で堂々と。それは無いだろ」
とか言いながらも、原田先生は笑っている。喜んでいる。楽しんでいる。
「あ、原田くん。報告ですぅ♪」
「いいよいいよ。2人を見てれば分かるから」
けっ。
いちいち異を唱えるのも馬鹿馬鹿しく思えてきた。
右川は、えへん♪とわざとらしく咳払いなんかして、
「あたし次の生徒会やりまーす。ちょっと頑張ってみようと思ってまーす」
「え?」
「だーかーらー、次の会長選挙。立候補しますので♪」
先生の赤ペンがピタリと止まった。
俺は目の前、度肝を抜かれた人間の標本を見せられている。
「沢村くんが、あたしを会長に推薦してくれるってばよ♪という事で」
沢村はどうかしちゃったんでは?と、原田先生の目は、はっきり困惑だった。
「てゆうか、まだ今は……何ていうか、検討中ですから」
「前向きに、検討中だよ~ん。ね?」
右川はにっこり笑って、ぴと♪と寄りかかった。
そんな様子を見て、原田先生は溜め息、
「うまいこと手懐けたなぁ。さっすがお兄ちゃん。あ、ボーイフレンドか?」
先生に背中をドン!と叩かれて、その1激で確実に俺の心が折れた。
ボ、ボーイフレンド?久しぶりに聞いた。
それは英語的に直訳で受け取っていいのか。
ぴと♪
ぴと♪
ぴと♪
しつこい。
にっこりを横目で睨みながら……何故、そういう態度を取り続けるのか、今もそこが分からなくて不気味だ。ゴム手袋は、依然、されている。
「何だ?それは」と原田先生も首を傾げて、「何とかって言うテレビの真似か?」と首をひねった。「そんなテレビ無かったか?何だっけ?」と、こっちに解答を求められても。センセイ、それはあんまり情報が曖昧で、どういう番組を言っているのか、さすがに俺にも分かりません。
「てゆうか、おまえさ、いつまでその手袋やってんだよ」
「だってぇ、恋のおまじないだもん♪だから、あたしの思いが届くまで」
ちゃんと言えてるから良いってもんじゃない。
右川は、そのゴムの両手を胸元で組み、上目使いに俺を見つめる。
一見、夢見る乙女の祈り。
それを見た原田先生は、あ!と何かに気付いて、
「そうだよ!昨日見たテレビの、そこの花嫁さんがそんな手袋してた」
右川は、「え……」と絶句した。
俺も絶句。オカルトな模様付きの装いをする花嫁なんて聞いた事ない。
「恋のおまじないとは、右川もやっぱ女の子なんだなぁ。頑張れよ」
その最後の忠告は右川ではなく、何故か俺に向かって。
「いや、だから違いますから」
こう言う時、思うのだ。
〝厄介な生徒の面倒を押し付けよう〟という魂胆が見え見え。
その後、生徒会室に向かった。「沢村くん♪沢村くん♪」と、右川に貼りつかれながら廊下を行けば、そこは好奇のド真ん中。
先輩、後輩、同輩、全てが陽気なアウェーに染まる。
スマホを取り出すと、3時を過ぎていた。という事は、あと30分弱の我慢。
そこに、ちょうど教室から出てきた重森と鉢合わせた。
その腕には、ご自慢の(いわくつき)サックスを抱いている。
文化祭を前に、練習にも力が入っている事だろう。重森は、ちらちらと複雑な2度見をして、ぬらりと近付いてきた。
「生徒会のくせに、なに好いように遊ばれてんだよ。みっともねぇな」
まともな感覚を持つ人類を発見!
俺は、重森にすがりたくなった。
すると右川はこれまた何を演じ始めたのか、「いや~ん♪重森くん、怖ぁ~い♪」と縮こまって、俺の背中に隠れる。重森は、「面倒くせぇ」と吐き捨てた。
「その化けの皮、塩基レベルの極粒にしてバカの口に放り込んでやろうか」
さすが成績優秀。毒舌も、なかなか熱い。
「いつまでもクソ芝居すんな。沢村に取り憑いて何を企んでんだよ」
「お芝居じゃないもーん。企むなんて、スイソーと一緒にしないでくれる?」
それは、いつかの修学旅行での1コマを当てこすった。
重森は、右川を舐めるようにグルリと見回して、
「だったら言ってみろ。おまえは一体、沢村のどこがどう気に入ってんだ」
右川はソッポを向いた。そこで俺と目が合う。何かに怖気づくように、右川は目を剥いて。これは……〝化けの皮〟が剥がれるチャンスじゃないか。
「重森と同感。そうだよ。言ってくれよ。俺も、聞きたいなーーー」
ゴム手が急速に力を失う。
「そ、そんなの色々、色々と、あああああるじゃん?」
次第に身体が引けてくる。
「色々って?」
俺が右川に詰め寄ると、「そうだよ。どういう色々だよ。言ってみろよ」と、重森も同じように一歩前に出た。
「だからそれは……色々、色々、色々詳しいというか。細かいというか、うるさいというか。何というか」
おーおー、漏れてる、漏れてる。
細かいとかうるさいとか、それが耳にはっきり聞こえてしまった屈辱より何より、実の所、右川が戦う気満々で重森を睨みつけた事の方が気になった。
これ以上揉め事は起こしたくない。俺は、いつかのような大惨事を避けるため、万が一を考えて2人の間に体ごと割り込んで。
右川は、重森を睨みつけたまま、
「まー、細かいとかうるさいとか、確かに、あたしも口が悪くてつい言っちゃうけど。よく考えたら、それって良く気が付いて、ちゃんと教えてくれるって事でもある訳だしさ」
少々言い訳じみて取り繕ってはいるが、最近滅多にお目にかからない、その、まともな言い方。本当に化けの皮が剥がれたと、確かに感じた。
「物は言い様だな」
重森は、ふん、と鼻であしらうと、「大体、おまえみたいな、いい加減なクズが、そんな硬苦しいのにブラ下がって何が楽しいんだよ」
「硬苦しく見えるってのはイコール、照れ屋なの♪あんたと違って自分をわきまえてるって事でしょ」
「確かに、沢村は色々とわきまえてるよ。外面だけは好いからな」
「外面が好いってのはイコール、社交的って事♪居るのか居ないのか分かんないあんたよりはマシでしょ」
右川は、今や別の視点で重森を攻める事に楽しみを見出したようで。
俺はと言えば……右川の口から繰り出される言葉のマジックに、ただただ驚いていた。照れ屋とか社交的とか……それはいつだか俺に向かって、優しくないとか残念男子とか下手くそとか、もうクソミソに言い続けた人間と同一人物とは思えない。
「おまえ、本当に右川?」
実は双子?そっくり姉妹?或いは、そのモジャモジャ頭に怪しいスイッチでも有るのかと。俺は、その頭から目鼻立ちからエクボまで、本気でガン見した。
「いや~ん♪」
右川はゴム手で顔を覆って……ぴと♪
再び、俺の腕を取る。化けの皮が剥がれたのは、ほんの一瞬だった。
だがその一瞬、想定外の妄想が俺を襲う。原田先生じゃないが、白いゴム手袋が花嫁の装いの一部とダブって……急に寒気が襲ってきた。この時ばかりは命がけで右川を振り払う。
「一秒だけ、おまえに同情した」と、重森はため息混じり。
「黒川の合コンに行けよ。女出来たら、こんなクソ芝居すぐに終わるだろ」
遠回しに励まされ、重森から慰められていると思うのは気のせいか。
「沢村く~ん、今は、あたしが居るんだから、合コンなんて必要ないでっしょう?くれぐれも重森の仕込みに手を出すのは止めてねーん♪」
ぴと♪
……何だその、遠回しな嫌味は。化けの皮、剥がれっぷりがエゲつないぞ。
「こんなのが会長か。考え直した方がいいんじゃないか」
初めて重森と意見が一致した。確かに、このまま右川が会長になったとして、この状況も、そのまま持ち越されるとしたら、考えるだけでも恐ろしい。
そして、いつもの3時半になり、「じゃ、帰るね♪」
校門に向かうチビの背中、それは次第にツブとなり、最後はぷちんと弾けて景色から消えた。
今日初めて、俺はまともに息を吸い込む。

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