試験が終わった途端、校内は文化祭一色となる。
〝文化祭 実行委員会〟
職員室と生徒会室に挟まれるように2つの部屋を宛がわれ、それは賑々しく旗上げされた。
本日より、生徒会室には毎日のように文化祭実行委員が入れ替わり立ち替わり、ひっきりなしにやってくる。
ステージ使用の演目は、白紙のタイムスケジュール表に次から次へと埋められた。変更、修正、それでスケジュール表は真っ黒になり、紙を変えてまた書き直し、3回目の書き直しを終える頃には、準備も一段落。
各クラス、部活の展示物など〝くれぐれも安全を考慮して〟先生に承認を貰って、それぞれの場所に使用許可を出した。その他にも、横断幕、入場ゲートの創設、入場者の管理、終盤の後夜祭まで気が抜けない。
だが、段取りを整えて後、各実行委員&責任者にそれらを割り振って任せてしまえば、生徒会の実務は金銭管理だけとなる。たまに人手の足りない所に手助けを頼まれるくらいで、当日それほど忙しくはない。
当日、楽しめるかどうかは、全てこの前準備に掛かっていると言えた。
「浅枝さんと交代で、今年は色々と見て回ろうと思うんだけど、いいかな?」
阿木はさっそく、永田会長と楽しむ最後の文化祭に思いを馳せる。
「あいつに2組のクレープぐらいはおごらせなきゃ」と、浅枝も然り。
いーよ、いーよ。
みんな充実してるな。
本日、永田さんと松下さんは先生に呼ばれて進路指導室にひきこもり。
だからなのか、来客に妙な緊張感は無く、「美術部に頼んだポスター。あれ描いたの折笠部長でしょ?もー、ダサくて嫌なんだけど」などなど、3年の前では決して言えないであろうクレームなども堂々とブッ込んできた。
ふと、真横に目を向けると……今日も右川は、生徒会室に居座っている。
だが、俺に貼り付いてはいない。次々とやってくる有志が持ち込む色々に興味を奪われて、貼りつく所ではない様子だった。命拾いした、と胸を撫で下ろしたのは一瞬の事で。
「あ、みなさん♪」
右川は立ち上がった、はずだ。
だが、文化祭の熱気にその短いスペックでは、まるで目立たない。
「あたし、次の会長選。イケそうな予感ですので、よろくし♪」
それが運悪く(?)聞こえていた3年の1人が、
「あっそ。僕もイケそうな予感だよ。来月の指定校推薦」
早っ!
そして、右川の言葉を真に受けない感度良好なアンテナに、ただただ感服。
一方、しっかりキャッチした後輩は、「えー?コビトさんが会長さん?マジすか?何か楽しそう」と、無責任な期待感を滲ませた。
その会長さん(予定)だが、有権者を前に早速、色々とやらかしている。
「どうですか?」
1年3組・芝居ポスターを見せられて、「入場料500円が無駄♪」
そこで、ふわぁぁぁぁ~と欠伸をカマす。
家政クラブの試食を次々とつまんでは、
「うー、マズい。マヨネーズかけて、もう一個下さい♪」
当然と言うか、次々と怒らせた。
「ド貧乏のひがみだから、気にしなくていいよ」と俺は1年をなだめ、家政クラブ3年部長に至っては、「あのチビはバカ舌です。傷付く必要ありません」と1つもらって、美味い美味いと味わいながら機嫌を取るという、一苦労に及んだ。(確かに欲しい、マヨネーズ。)
本当に、こんなのが会長でいいんだろうか。いまさらながら悩み始める。
右川は、暫定的に出来上がった文化祭の案内見取り図を眺めながら、目をキラキラさせて、「ここも、ここも行くぞ」と、チェックを入れた。なにげに乗り気。お祭り気分で1番浮かれてバタバタするタイプだな。
だが、その興味たるや、自分のクラスにはベクトルが向かないようで。
「右川先輩の2年5組って、何やるんですか?」と、浅枝に訊かれた右川は、「うあ?」と間の抜けた返事の後、「何だっけ?」と、すぐ横の実行委員の女子に訊ねた。
その女子は、「もー……」と、がっくり項垂れて、
「雑貨のバザーでしょ。経費以外はチャリティにしようって、それぞれ最低3つは持ち寄ろうねって、今朝のHRで話したじゃん」
右川の頭をぽん!と叩く。
「彼氏が出来て浮かれるのもいいけど、もうちょっと、しっかりしなよ」
そこで俺を見て、プッと吹き出した。
「あのさ。だから。違うから」
文化祭の忙しさにかまけて話題に上らなくなったとはいえ、世間は忘れた訳ではない。
「ねぇ右川。あんた、マジで会長やるの?」
「どうしよっかなーって、今はその〝彼氏〟と相談中さ♪」
女子と再び目が合った。
未来を憂う、真剣な眼差し。それは、第3極の俺達とはまるで違う。焦げ付くような熱気を孕んで、何かを狙って飛び込んでくるような。そんな。
「あれ?そういや5組って、ステージも時間取ってあるじゃん」
話題をそらす目的という訳でもないが、ちょうどタイムスケジュールを見ていて目に留まり、その女子に訊ねた。
ステージ発表もクラス展示も、どっちもやるというクラスは有る。だが、5組有志のメンツからして、そこまでのやる気があるとは到底思えない。
「それなんだけどね」
女子は溜め息をつき、「永田がどうしてもステージで歌いたいっていうから」
5組では誰も認めていない。だから誰も手伝わない。
ステージ発表は先生の審査を経て、上位5組は表彰され、景品が送られる。
まさかそれを狙って?
「無理無理。やめてやめて。あいつ絶対ジャイアン!超危険。ぢごくッ」
うえ~っ!とばかりに、右川が喉元を締めると、「ちょっともう、その手袋がリアルに怖いってば」と女子は顔をしかめた。
「桂木さんってバスケ部だよね。今年は何やるの?」
と、阿木が尋ねて。……バスケ部員。
そうだった。絡みつくような熱視線が、デジャヴのように甦る。
〝桂木〟という、そのバスケ部女子は、
「それを、永田さんの彼女のあなたが聞くの?」
やがて言いにくそうに、
「いつもの、あれ。あの訳の分からない踊りですけど。何か文句でも?」
今度はこっちが吹き出して、桂木に、「むっ」と睨まれた。
……そう。
バスケ部は毎年ステージでたったの5分間、先輩から代々受け継がれているという不可思議なパフォーマンスをやるのが恒例となっている。
それを吹奏楽部が舞台袖で眺めながら、ひでぇ!とアザ笑っているというのもまた、恒例なのだ。(確かに、酷い。)
嫌々やっているという態度が見え見えで、中には吹奏楽部に対する敵意丸出し、「こんな文化祭ぐらいの事でイキがってんじゃねーよ」と、わざといい加減をアピールする場面も見られる。
バスケのたった5分。2日間の吹奏楽の合計90分。どちらも何気に警戒だ。
「今年はホント止めて欲しいな。ゴミとか」
桂木のため息も頷ける。去年、吹奏楽の演奏中にゴミを投げたヤツが居た。
目撃談からしてバスケ部ではない事は分かったのだが、それでも、「バスケ部の仕込みじゃねーの?」と邪推を加えて煽る連中も少なくなかった。吹奏楽の演奏中は客席を回って監視しろとか言われても……気乗りはしないが、実際そういう話も出ている。
「沢村んとこの、3組って何やるの?」
「いちおう舞台だけど」
我らが3組は、早々にステージを確保した。それも9時から9時30分の間という、いわゆる人の集まらないカス時間である。合唱。仮装手品。ショートコント。候補は色々と出ているが、何をやるのかはまだ決まっていない。
それを桂木に言うと、
「合唱にしなよ。永田に、3組と一緒に歌えって言っちゃっていい?」
「ヤメテ」
「で、今年のバレー部は?」と、やっぱりそう来るか。
「毎年の模擬店はどうにか。後はステージで……実は、そっちが問題でさ」
それが、どうも手に負えない事になりそうで、頭を悩ませている。
バレー部は主に、模擬店を展開。
男子は、さらにステージもやる。というか、やらされる。
そして、そのステージ発表が問題だった。
バレー部恒例のステージ……松下さん曰く。
「僕らが1年の時には、3年から嵐やれって言われた2年がバック転失敗して、大はずれ。去年は僕らの代が漫才やれって言われて、ジャンケンで負けた2人が寒い漫談やらかして、大顰蹙。だから今年は……おまえらの演目、その漫談コンビが決めてくれるよ」
これも、ある意味、恒例だった。
毎年、屈辱を浴びた2年が3年になり、去年の仕返しとばかりに、とんでもない演目を2年生に押しつけて来る。
そして、今年決めてくれるという、その漫談コンビというのが、その全然ウケない漫談で体育館を空にしてしまい、その後の演劇部からクレームを受けたという逸話を持つ、武闘派の先輩方なのである。
聞いてるだけで痛い。気乗りがしない。
どう転んでもいいように、文化祭2日目、12時から12時30分というランチタイム、これまたカス時間を、バレー部にチャージした。
松下さん曰く、「恥は最小限に。せめてもの思いやりだな」
そんな話をチョコレートをつまみながら聞いていた桂木は、
「でもそういうの、逆に面白そうじゃん。ウケるんじゃない?スベリ芸で」
ドスッ。
かなり深く刺し込んでくれたな。
桂木は、他のクラスの演目や、お得な模擬店情報などを話して聞かせてくれた。「それで?他には?」と、右川も前ノリで食い付いている。
演目、模擬店、誰しも興味は尽きないけど。
〝後夜祭。9時までやってよ。他校のバンド演奏って、呼ばないの?〟
〝ミス双浜。今年は決めようぜ〟
〝ゆるキャラの募集とかは?〟
ゾロゾロとやってくる野次馬には、こんな具合に、無謀な要求も尽きなかった。
やるというなら、もう任せるから準備から何から全部やってくれというのが委員会の本音である。野次馬は有志と違って、どこか遊び半分だから。
遊び半分筆頭の右川は、来る人来る人に、「その手、どうしたの?」と訊かれ、その度にゴム手を開き、
「恋の、あるまじろ♪」
もう原形を留めていない。
こうして次々とやってくる野次馬を怯えさせ、煙に巻いていた。
野次馬はいいとしても、実行委員を呆れさせて……というか、不信感を煽っているのが頂けない。
文化祭実行委員会は、各組織の中枢人物の集まりと言っていいほど、そのやる気も意志の高さもボランティア精神も、尋常でない奴らの塊り。
本来なら、ここは〝生徒会公認・次期会長・右川カズミ。初のお目通り〟とも言えるべき場になってもいい筈なのに。
本人を見ると、今度は大きな机に広げられたステージ練習タイムテーブルに向かい、「まんまるちゃん♪まんまるちゃん♪まんまるちゃん♪」と歌に合わせてブタ模様を描いて並べている。
そう歌うと?
こう描いて?
あー、そうなるのかぁ!
……とかって、感心している場合じゃない。
重森じゃないけど、こんなのが会長。どう考えても、どうかしている。
俺は、何度目かの溜め息でもって、未来を憂う……だけには終われない。
どうにか土台にのせるまでにちゃんと躾けなくては。
いつのまにか、生徒会室が静かになった。
実行委員は必ず1度、報告なり陳情なりで生徒会室にやってくるが、すぐにそれぞれの担当分野、それぞれの準備に散っていく。桂木もいつの間にか居なくなった。
野次馬が消えた途端、阿木と浅枝は、そのうち余計な気を回して(?)2人で結託して部屋を出ていってしまい……そして誰も居なくなったか。

この作品のキーワード
学園  恋愛  文化祭  占い