令息の愛情は、こじらせ女子を抱きしめる ー。
「シンデレラ」
 私の人生で25回目の誕生日は、今まで生きてきた中で一番嬉しくて、最も感動的で、一生忘れられない日になった・・・。
 最愛の男(ひと)からのプロポーズ ー。

 「おめでとう!!!」
ジョエルはひまわりのような明るい笑顔と、青空に響き渡るような大きな声で祝福してくれた。
 彼女は私が働いている花屋のオーナー。明るくて、気立てが良くて、面倒見の良い人で、私にとってフランスでの母のような存在の女性。私は、テオドールにプロポーズされたことをどうしても、最初に彼女に伝えたかった。
 だって、この店で働いていなかったら、もしかしてテオドールには出会っていなかったかもしれないから・・・。ジョエルはフランスでの母であると同時に、縁結びの女神でもあるのだ。
 小さい頃、絵本で見たパリのかわいいお花屋さん・・・。花にはフェアリーが住んでいて、プレゼントされた人に幸運を運んでくる ー。
 そんな夢のある場所で働いてみたい・・・!その頃私は、今以上にフランス語がたどたどしかったにもかかわらず、憧れと情熱だけで、ジョエルに、この店で働かせてもらえるように頼み込んだ・・・。
 そして彼女は、なんともあっさりと私を雇うことを決めてくれた。私が、面接に訪れた時、店の奥にある狭い事務所の古びた椅子に腰掛けて、ジョエルは開口一番、私に言った。
 「あなた。フラワーアレンジメントできる?」
 私が、日本でフラワーデザイナーとして働いていたと言うと、ジョエルは”パンッ!”と、手を叩いた。
 「じゃあ、店の花を自由に使って、あなたの作品をつくって見せて!」
 そう言って彼女は、たくさんの花が咲き乱れる店内へと私を案内した。店に漂う花の香りに創作意欲を刺激された私は、作品のイメージが次々と浮かび10分ほどで思い描いたものを形にすることが出来た・・・。
 「うん・・・!」
 ジョエルは力のこもった目で私の作品を見てうなずき、早速、明日から来てほしいと言ってくれた・・・。
 この瞬間、テオドールと私の運命がつながった ー。
 
 「やっぱり・・・あたしの目に狂いはなかったわ!カナ。あなたに出会った時、思ったの。・・・あ、もしかしてこの子、シンデレラかも・・・って。」
 私は彼女が突拍子もないことを言ったので、思わず目を丸くした。
 「え!?シンデレラ!?」
 「カナと出会った時に思ったの。テオドールの未来の花嫁現るっ、て・・・。」
 ジョエルは、どこか自信たっぷりに力強い口調で言った。根拠はわからないが、なぜか彼女の言葉にはいつも不思議な説得力がある ー。
 
 ふと店の外に目をやると、ハザードランプを点滅させている一台の高級車が目に止まった。
 ー 彼だ・・・っ!
 テオドールの車に気がついたジョエルは、私を見て笑顔で言った。
 「あら!噂をすれば、王子様登場ねっ。カナ、今日は、もう上がっていいわよ。王子様とおとぎの国でデートしてらっしゃい!」
 
 『sourire'dange』の副社長という重責を担い、多忙を極めるテオドールに平日の昼間に会えることは奇跡に近い。もしかして、何か、どうしても私に伝えなければならないことがあるのだろうか?
 ”カランッ”と、ベルが鳴り、彼はゆったりと店内に入ってきた。
 入り口を閉めたと同時に私の姿を見つけて、私達はお互いに微笑んだ・・・。
 テオドールは店の女主人であるジョエルに声をかけた。
 「やぁ、ジョエル。しばらくぶりだね。」
 プロポーズの報告を私から聞いていたジョエルは明るい笑顔で彼に言った。
 「いらっしゃい王子様。お姫様を迎えに来たんでしょう?・・・カナから聞いたわよ。おめでとう!!カナを伴侶に選ぶなんて、あなたは本当にラッキーよっ!」
 迫力満点の声に圧倒されて、一瞬テオドールは固まったが、すぐ嬉しそうに”ありがとう!”と、笑顔で応えていた・・・。
 私は、ジョエルの好意に甘えて、仕事をあがらせてもらいテオドールと一緒に店を出た。二人で店の外に出ると彼は空を見上げて言った。
 「冬でも、日中は日差しが照って暖かいね・・・。ねぇ、あの曲がり角のカフェまで散歩がてら歩かない?こうして、平日の昼間に君と会えるのは滅多にないことだから、一緒に外の空気を吸いたくてさ・・・。」
 私は笑顔でうなずいた。するとテオドールは、嬉しそうに私の手を取り指先をスッと絡ませた。
 
 沿道を彩る色とりどりの花々を眺めながら、私達はカフェまでの道のりを手をつないで歩いた。
 冬という季節を忘れさせるくらいに花々が溢れているのは、この通りならではの光景だ ー。
 隣り合って軒を連ねる花屋の外観には、アールヌーボー様式のデザインがあしらわれていて、そんな建物に囲まれながらテオドールと歩いていると、本当におとぎの国でデートしているような夢見心地な気分になる・・・。
 私は、テオドールに手を引かれて、うっとりとした気分に浸っていた。すると彼は、妙に静かな私を気にして声をかけてきた。
 「寒い??」
 テオドールは立ち止まり、自分のマフラーをくるっと私に巻きつけてくれた。そして、つないだ手を彼のコートのポケットに入れて温めてくれた・・・。
 「華那が風邪引くといけない・・・。」
 どこまでも私を気遣ってくれる彼の優しさに私の心は温まる。
 私はテオドールに、「大丈夫だよ、ありがとう。」と言って彼に寄り添い、カフェまでの散歩道を二人で歩いた・・・。
 
 カフェの店内は、暖房の熱と会話を楽しむ、お客達の熱気で暑いくらいだった。
 テオドールと私は揃って”カフェ・アロンジェ”をオーダーし、一息ついたところで彼は話し始めた。
 「本当は先に、君のご両親へ、きちんとご挨拶するべきなんだけど・・・。」
 テオドールは、視線を下に向けて申し訳なさそうに言い、こう話を続けた・・・。
 「今度、うちの会社の創立150周年記念のパーティーがあるんだ。その日は、家族が集まる大切な日で・・・。その時に華那をフィアンセとして、俺の両親に紹介したい。」
 テオドールのご両親・・・。つまり、一流企業を束ね、世界を股にかける、あの、ベルナルド夫妻 ー。
 良家の令嬢でもなく、特別な才能や学識があるわけでもない私が、果たして受け入れられるのだろうか・・・?
 私は、テオドールの話を聞いて不安と緊張で押し黙ってしまった。
 「華那・・・?どうしたの?」
 私は正直に打ち明けた。
 「あなたのご両親に気に入ってもらえるか不安で・・・。」
 すると、テオドールは私を安心させようと手を握り、優しく微笑んで言ってくれた。
 「華那は、華那のままでいて。繕う所なんて何もない。俺が好きになった、世界で一番素晴らしい女性だよ・・・。」
 世間的に見れば、テオドールと私は格差カップルと言われてしまうだろう・・・。でも、彼と私の間に気持ち的な格差は無い。お互いに想い合っていれば目に見える格差なんて問題じゃない・・・。そうだ、きっと彼のご両親も認めてくれるはず・・・。
 
 ー 今夜のパリは、シャンパンゴールドの月が妖艶に夜空を彩り、洗練された街がよりドレスアップされていた。
 それもそのはず。今夜は、この街で生まれた一流ブランド『sourire'dange』の創立150周年を祝う夜会が盛大に開かれるのだ。
  
 午後7時。私は、透明なビーズが胸元とウエストそしてドレスの裾に上品にあしらわれた、透け感のあるオフホワイトのスリップドレスを身に纏って会場へと向かった。
 このドレスは、テオドールが私のために選んでくれた『sourire'dange』の新作で、彼がデザインしたもの。デザインのイメージになったのは・・・。
 「このドレスはね、君に初めて出会った時のことを思い出して作ったんだよ・・・。」
 優しい眼差しで、彼はそう言った ー。 
 「うん、華那の清純で柔らかいイメージにぴったりのドレスだ。とてもよく似合ってるよ・・・。綺麗だ・・・!」
 パーティーの前日に『sourire'dange』の、本店でドレスを試着した私を見てテオドールは瞳の奥を輝やかせながら褒めてくれた・・・。

 パーティーの招待客には当然、モデルや女優も数多くいて、彼女達の華やかな美貌は、パリの夜景に勝るとも劣ら無いほどの輝きを放っていた。そんな美しい女性達の中に置かれて、私は自分があまりにも粗野に思えて恥ずかしくなった・・・。それでも、テオドールが作ってくれたこのドレスを纏っていると、彼の温かな愛情に包まれている感じがして、心細さが癒された ー。
 副社長で、御曹司であるテオドールは、パーティーでは人一倍忙しい。
 常連客への挨拶まわり、同業者とのコミュニケーション・・・。もしかしたら、社長である父、ベルナルド氏よりも忙しいかもしれない。それは、当然と言える。テオドールは、ゆくゆく、お父さんから会社を引き継ぎ、この『sourire'dange』の、新社長に就任するのだから ー。
 そんなハイスペックな男性の結婚相手が、私・・・。”本当に、私などでいいのだろうか・・・??”私は、場違いに思える夜会の雰囲気に圧倒されて弱気になっていた・・・。
 「華那!お待たせ・・・!長い時間、一人にさせてしまってごめんね・・・。おいで、俺の両親に紹介したい。」
 挨拶まわりが一段落したテオドールは、私の手を引いて招待客の間を分け入り、両親が待つ席へと向かった。
 『sourire'dange』の、御曹司が女性の手を引いて歩く姿は人目を引き、招待された女優やモデル達は彼にエスコートされている彼女は、一体どんな女性なのかと、しきりに私の方に視線を向けてくる。
 類稀な美貌と華やかさを持つ彼女達から嘲笑されるのではないかと思い、私は、うつむき気味に彼の背中について行った・・・。
 会場を進んでいくと重厚な佇まいで、あたりの様子を見渡す一組の男女がテオドールの背中の向こうに見えた。・・・彼の御両親だ・・・。
 「お父さん、お母さん。紹介したい女性が居るんだ。」
 テオドールは、私の肩を抱いて両親であるベルドナルド夫妻にフィアンセとして紹介した。
 「初めまして、華那さん。テオドールの父のロドルフです。息子に、こんなに可愛らしい恋人がいたなんて・・・。テオ、お前も隅に置けないなっ!」
 テオドールのお父さんは、見かけこそ厳格で几帳面な雰囲気だが、お話したら気さくで、よく笑う明朗な方だった。一方、彼のお母さんは、立ち姿から身のこなしまで気品漂う、まるでミューズの様な女性 ー。
 「こんばんは、華那さん。初めまして・・・。母のソフィーです。息子から伺っていましたよ。生まれてからこのかた、初めて出会った素晴らしい女性だと・・・。今夜はお会いできて嬉しいわ。」
 私は口から心臓が飛び出しそうになりながらも、テオドールが隣で何かとサポートしてくれたおかげで、なんとか無事に彼のご両親への挨拶を終えることができた・・・。
 後日、仕事が終わり店を出ると、道路を挟んだ向かい側に一台のハイヤーが停まっていた。運転手がドアを開け、中から美しい女性が降りてきた。
 ー テオドールのお母さんだった・・・。
 彼のお母さんは、私に会釈して私も慌てて頭を下げた。
 彼の母、ソフィーさんは小走りに道路を渡り、私に話したいことがあるから時間をもらえないかと言った ー。
 「突然ごめんなさい・・・。」
 近くのカフェで、私は彼のお母さんの話を聞くことになった・・・。
 
 以前、テオドールと一緒に訪れた、曲がり角にあるカフェ・・・。私はその時と同じメニュー、カフェ・アロンジェをオーダーした。
 一息つき、彼のお母さんはどこか重たく見える視線を彷徨わせていた。そして、ようやく意を決したように、私の目を見据えて言った。
 「華那さんに・・・、息子と別れてもらいたいんです。」

 ー 私は突然、胸に大きな穴が空いたような鈍い痛みに襲われた・・・。


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