令息の愛情は、こじらせ女子を抱きしめる ー。
愛しい男(ひと) ー。
 「昨日の夜・・・。ベッドの中でお前、スゲェかわいかった・・・。」
 この発言を聞き、あまりにも悲惨な顔した私を見て彼は焦って、すぐにこう訂正した ー。
 「冗談だよ!!ちょっと、からかっただけだって!!なんもしてねぇよっっ!!」
 私は、彼が身の潔白を主張しても、後味の悪さから悲愴感漂う顔して、しばらくは時が止まったまま身動きが取れなかった。
 「悪かったよ・・・!冗談キツすぎたこと謝るから、もうそんな顔するな・・・。」
 絶望感漂う私の様子に、彼は冗談を言ってからかったことを何度も謝ってきた。
 そして、私は、ようやく落ち着きを取り戻した。冷静になって辺りを見回してみれば、確かに服はきちんと着ているし、目覚めた時、きちんとベッドの真ん中に寝ていて誰かが隣に寝ていた形跡はなかった・・・。それに、ベッドからだいぶ離れた場所に置いてあるソファには何やら無造作に毛布が半分かけられている。
 きっと彼は昨日、あのソファで眠ったんだ・・・。
 ー それにしても、本当に何もなくて良かった。
 
 「何もなかったことが、そんなに喜ばれたらオレ、男として凹むわ。オレこう見えても女にはちょっとモテ・・・、」
 「知ってます。・・・『TOXIC』の”北村拓斗”さんですよね・・・??」
 私が拓斗のことを知っていると言うと彼は、意外そうな顔をした。
 「え!?オレのこと知ってるの!?最初スタジオで会った時も、昨日の夜、声かけた時も全っ然!オレに興味なさそうだったから・・・。てっきり知らないと思ってた。てか、むしろオレのこと知ってるのに興味無いって・・・、いっそう凹むわ〜!」
 普段、女の子にモテモテの『TOXIC』の、ギタリストが自分から声をかけたのに興味を持たれ無いっていうのは確かに凹む。
 でも仕方がない。私の心は、もうとっくに満室で。テオドール以外の男性が棲むスペースは、無いから。
 だけど本当は。もうとっくに空室で、私の心には、ぽっかりと大きな穴が空いている・・・。

 「おい。なんだ?凹んでるのはオレだぞ?なんで、お前がそんな悲しそうな顔すんだ??」
 テオドールのことを考えて切なくなっている私を見て拓斗は、どこか間の抜けたような顔をして聞いてきた。
 「あの・・・。さっき、テオは私のっ・・・て、言いかけたでしょ。テオっていうのは、彼は・・・テオドールは、私に深紅のバラの花束をくれて・・・プロポーズしてくれた男(ひと)。」
 さっきまで、ふざけて私をからかっていた拓斗が急に静かになり、彼は黙って私の話を聞いていた。
 「そっか、彼氏か・・・。しかも、外国人!たいそう洒落た名前だなぁっ!それじゃあ、オレに興味沸かねぇのもしょーがねーかっっ!ははっ・・・。あ!何も無いとはいえ、自分の婚約者が他の男の家に泊まったなんて知ったら、オレお前の彼氏に殺されるなっ!でも、しょうがなかったんだぞー、お前を泊めたのは不可抗力で・・・。」
 黙って話を聞いていたかと思えば、拓斗は途端に多弁になって、あれやこれやと私に話しかけてきた。だけど私は、テオドールのこと思い出して口に出して・・・、そうしたら胸が苦しくなった。自分のテンションとは対照的に沈んでいる様子の私を見て拓斗は顔色を伺うようにして聞いてきた。
 「・・・ん?どうした?もしかして、上手くいってねぇのか・・・??」
 「私・・・。さよならも告げずに彼のもとを去ったの・・・。」
 私がこう話した瞬間、再び拓斗は静かになった。
 「ふ〜ん・・・。だからか。スタジオでバラの飾り付けしてる時、ハサミで指を切ったのは・・・。その男のこと考えてたんだろ??」
 図星だった。それから、拓斗はこう話を続けた。
 「お前、昨日の夜の事、本当に全然覚えて無ぇんだな。そりゃまぁ、あれだけ酔っ払ってりゃ無理も無ぇよな・・・。」
 拓斗は、私を泊めた”いきさつ”について語り始めた。
 「昨日ライブの打ち上げ終わって店出たら、お前を見かけて・・・。声かけたら全っ然!オレの事覚えてなくて、挙げ句の果てに、じーっとオレの顔見て元彼の名前呼んで・・・。そんで、そのまま倒れるように寝入っちゃって。」
 拓斗の話を聞いて、ぼんやりとした記憶が私の頭に浮かんだ。
 「声かけても、ゆすっても起きねえし、お前の名前も住所もわかんねぇし。ほっとくわけにも行かねぇから・・・。オレ、お前おんぶしながらタクシー拾って、家まで連れて帰ってきたってわけ。」
 そっか・・・。ぼんやりとした意識の中で誰かに触れられた記憶があったのは、拓斗が倒れそうになった私を支えてくれたからだったんだ・・・。
 最初に拓斗に会った時から私、彼に助けてもらってばっかり。なんだか私、拓斗に甘えてるみたいで恥かしい・・・。何より彼に、たくさん迷惑をかけてしまって、すごく申し訳ない・・・。 
 「そうだったんですか・・・。こんな名前も知らない女の面倒見させちゃってすみません・・・!私、佐伯華那って言います。お世話になって、ご迷惑をおかけしたのに失礼なことばかり言っちゃって本当にすみません・・・っ!」
 「いや、連れて帰ったのはオレだし・・・。それに、声かけたのもオレの方だし誤解も解けたし。悪かったな、最初変な冗談言って・・・。あ、さっき裸だったのは、これからライブのリハで仕事前にシャワー浴びたからだぞ。悪しからず。まぁ・・・なんせ、あのまま路上で寝ちゃわなくて良かったよ。女の子が、野宿とか危なすぎるから。」
 
 私は、これ以上迷惑をかけまいとして、早急に彼の部屋を後にしようとしたのだが、このあたりに土地勘の無い私を心配してくれた拓斗は、わざわざ大通りまで出てタクシーを拾ってくれた。そして、これはさすがに申し訳ないと断ったのだが、彼は『気にするな。』と、言いタクシー代までくれた。
 結局私は、最後の最後まで拓斗に迷惑のかけっぱなし、お世話になりっぱなしで・・・、無事家路に着くことが出来た・・・。

 ー 北村拓斗。会う度に表情を変える不思議なひと。初対面で垣間見せた、ぶっきらぼうだけど面倒見が良くて優しいところ。私をからかう、いたずら好きで、やんちゃな子供みたいなところ。カリスマオーラを放ちステージで華麗なパフォーマンスを見せるギタリストの一面。
 ほんの2回しか会って無いのに、こんなに強い印象を残すひとは初めて・・・。
 
 翌日、店のカウンターに立ち、不意に拓斗のことを考えていると入り口のドアが開いた。そのお客さんは、店内の花を物色することもなく足早に、私の居るカウンターまでやってきた。
 「よっ!昨日の今日で、なんだけど・・・。」
 色とりどりの花々に囲まれた店内で、全身黒いファッションに身を包んだ彼は、とても浮いていた。
 「あのさ、今日お前に会いに来たのは、フラワーデザイナーの佐伯華那に仕事を頼みたくてな。オレが直々に頼みに来てやったんだぞ。断るとかナシだからなっ。」
 私は彼に、散々迷惑をかけてお世話になりっぱなしで・・・、さらに仕事までくれるなんて・・・!当然、私には拓斗からの依頼を断る理由など微塵もない。
 後々、担当者から改めて連絡が入った。今回の仕事は拓斗が是非、私にステージの飾り付けを頼みたいというたっての希望だという。
 なんだか、拓斗は何かと私に親切にしてくれてる気がする・・・。それは気のせいだろうか??

 当日、ステージの飾り付けをしていると、ギターを肩から斜めがけにした拓斗が私に声をかけてきた。
 「ほら、最初に渡しとく・・・。また怪我したら大変だろ・・・。」
 拓斗は、そういってデニムのポケットから何か四角いものを取り出した。
 私が今日仕事をしに来ると知って、わざわざ買ったのだろう。
 それは、絶対にふだん拓斗が買わなそうな、かわいらしい女性向けのデザインの絆創膏だった ー。

 『TOXIC』のライブは超満員の中、無事終了し。私もスタッフの一人として打ち上げに参加させてもらうことになった。
 「今日は、怪我しなかったか??」
 拓斗は、酔いがまわっているせいだろうか、少し顔を赤くしてビール片手に声をかけてきた。しかし、その顔は真剣な表情をしていた。
 「どうして、そんなに私のこと気にかけてくれるんですか?」
 私は、かわいらしい絆創膏をわざわざ用意してくれたことが気になっていた。
 「オレの実家、花屋でさ・・・。お前見てると、スゲー思い出すんだ。」
 拓斗は、身の上について色々と話してくれた。
 「オレ、母子家庭で育って。母親は去年、病気で死んで・・・。今は妹と、ばあちゃんで店やってる。オレ、長男なのに家出てきちゃって、せめてオレが売れて妹と、ばあちゃんに楽させてやりたいなーって思ってて・・・。」
 拓斗は視線を下に向けて故郷で暮らす、おばあさんと妹さんのへの思いをしみじみと語ってくれた。そこにはもう、カリスマギタリスト北村拓斗の姿は無く、家族を大切に思う一人の好青年が居た。
 「何もしてやれなかったからなー・・・。おふくろには。なのにさ、音楽がんばれって最後までオレのこと応援してくれてて・・・。だから、オレ絶っっ対!売れてやろうって思った・・・!」
 そう言って、どこか遠くを見つめた拓斗は、グラスを持つ手に力を込めた。

 『TOXIC』の打ち上げで私は、また拓斗の新しい一面を見つけた。家族思いの好青年 ー。
 私は、彼に会う度に、次第に彼のことを考える時間が多くなっていた・・・。
 私の空室になっている心に、時々拓斗が顔を出す。でも、もうおそらく会う機会は無いだろう・・・。
 打ち上げの時も、拓斗と私は連絡先を交換することはなかった。
 拓斗が私に連絡先を聞くことは無かったし、私から彼に教えるといことは、どうしてもためらわれた。
 ・・・私は、あの男(ひと)のことを忘れたわけじゃない ー。
 だけど、打ち上げの日以来、私のエプロンには拓斗が私のために買ってくれた絆創膏が入っている・・・。
 もう、いつ次に拓斗に会えるかはわからない。
 彼が、この店に私に会いに来てくれる以外は・・・。

 「おいっ!」
 一瞬、空耳かと思った。こんなタイミングよく事が運ぶと思わなかったから ー。
 「お前っ、さっきから呼んでんのに、返事しねぇんだもんっ!・・・はぁ〜、また元彼のこと考えてたんだろ・・・!?」
 カウンター越しに拓斗が私の眼の前に立っていた。
 「これ。こないだの仕事の礼も兼ねて、今回のツアーファイナルのチケット。友達と観にこいよっ!最前列だぞっ!」
 突然現れた拓斗は、私に『TOXIC』のライブチケットをくれて、いたずらっぽい笑顔を見せ、私と話し終わると店内の花には目もくれずまっすぐに出入り口に向かった。 
 その直後、再び店の扉が開いたので、私はきっと拓斗が何か私に言い忘れたことがあるのだろうと思った。
 だけど、その足音に急いでいる様子は無く、むしろゆったりとしていて時折立ち止まり店の花々を眺めているような雰囲気だった。
 その足音に、私は自分の耳を疑った。そして、その悠然とした雰囲気に私は、ある人のことが思い出されてならない。私の心に強く響くその足音の持ち主を見つけたくて、カウンターから店内を目を凝らして探した。

 店内は、一年中様々な花が咲き乱れて優雅な香りが立ち込めている。花を枯らさないように常に温かな空気が流れていて、また花弁が渇かないようにと空気を一定に潤ませている。
 この優しく育まれた環境の中で、今、私は彼を見つけた ー。
 
 それとも、私は白昼夢を見ているのだろうか・・・??

 「久しぶり。元気だった・・・??」
 そう言って優しく咲いた愛しい男(ひと)の笑顔が現実だと知った時、私の胸は彼への想いでいっぱいになった ー。
 いっぱいになった想いは溢れて、私の視界は滲んだ・・・。






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