令息の愛情は、こじらせ女子を抱きしめる ー。
異国に誘われた運命。
 
 ー 審査員特別賞 ー
 
 本来は、あるはずのない賞だった。
 私は、大賞を受賞するよりも嬉しかった・・・。
 なぜなら。不確かな才能よりも明らかな、有り余る熱意が私の作品を通して伝わり、人の心を感動させることができた。そんな気がしたから・・・。 

 「特別賞。受賞、本当におめでとう・・・!!」
 テオドールは、忙しい仕事を押して時間を作り私の受賞を祝ってくれた ー。 
 「俺も形にしたよ。君への気持ち・・・。」
  そう言って彼は、らしくない不敵な笑みを浮かべた。
 「えっ?なに・・・??」
 私は、見慣れないテオドールの不敵な笑みに、それが何を意味するのか全くもって検討がつかなかった。
 私は、彼に尋ねた。すると今度は、嬉しそうな笑顔を見せた。そんな彼の様子を不思議に思っていると、急に彼は改まって言った。   
 「フラワーデザイナーの佐伯華那さんに、ご依頼したい仕事があります・・・!」
 
 春に先駆けて行われる『sourire'dange』の新作コレクション。
 私は、テオドールからフラワーデザイナーの佐伯華那として仕事を引き受けた。
 これは、彼と初めて会ったモンサンミッシェル以来、一緒にする仕事だった ー。

 賞を受賞してから私の仕事は増え、今日も音楽番組の飾り付けでテレビ局に来ていた。
 私は内心ドギマギしていた。拓斗に告白されたけど、私は返事もせず、彼に会う機会もなかった。そして、彼が店を訪れることもなかった・・・。
 ゴールデンタイムの音楽特番ともなれば、当然『TOXIC』も出演するはず・・・。私は、一体どんな顔で拓斗に会えばいいのだろう・・・。
 しかし、出演アーティストに『TOXIC』の名前は無かった。このまま、拓斗からの告白は時とともに、風化されていくんだな・・・。それも、仕方のないこと。どちらにせよ、拓斗と私が付き合うことはない。
 そもそも拓斗は、それほど本気では無かったのかもしれない。きっと彼は、写真週刊誌に撮られたことに責任を感じて、同情心と恋心を取り違えていたんだ。
 ・・・それでも。彼を傷つけたことに変わりはない・・・。

 「まいったなぁ〜、『TOXIC』が謹慎中で出演できないんじゃ・・。」
 ・・・謹慎??
 「表向きはそうでも。今、解散ライブのリハーサル中だろう・・・。今日もDスタジオでやってるって話・・・。」
 ー 解散!?
 仕事を終えて、テレビ局を後にする際に聞こえてきた会話に、私は大きく動揺した。気がつけば、私の足は自然とDスタジオの方向へと歩いていた ー。
 ライブリハは、やはり極秘に行われているようで、スタジオの裏口に出待ちをするファンの姿は無く、窓は完全に締め切られていて中の雰囲気を感じ取ることすらできなかった・・・。
 私は、仕方なく諦めて来た道を戻ろうと歩き出した。その時だった。
 「華那・・・!」
 迫るように大きな声で呼ばれて振り返ると、缶コーヒー片手の拓斗が立っていた。
 しばらくぶりに見る拓斗の姿。黒髪に、真っ黒の服で全身を包んで、黒目がちで猫のように大きな瞳が際立っていた。いつもと変わらない彼の様子に私はホッとした。
 「ああ、今、休憩中で・・・。お前もなんか飲むか?」
 相変わらず面倒見が良くて、私が知っている拓斗のまま、彼は何も変わっていなかった・・・。
 
 「おめでとう・・・!」
 公園のベンチに腰掛けて缶コーヒーを一口飲んだあとに、拓斗が最初に発した言葉は、私へのお祝いだった。
 「ありがとう。でも、どうして・・・。」
 予想外の言葉に私が驚いた顔をすると、拓斗は落ち着いた口調で言った。
 「この業界に居れば、自然と耳に入ってくるさ。」
 そうか・・・。と、納得したのも束の間、彼は確信を突いた。
 「お前も。オレが今日ここにいること、よく分かったな。・・・知ってるんだな、オレらが解散すること。」
 私は、下を向いて小さくうなずいた。
 「そっか・・・。で、どうした今日は?け・・・結婚の報告でもしに来たか??」
 拓斗は、私に告白したことなど、まるでなかったかのように話を振ってきた。しかし、彼の言葉が少しばかり吃ったのを私は聞き逃さなかった・・・。
 「え、あ・・・。まだ。拓斗、あの・・・。私、・・・ごめん。」
 私が、こう告げた瞬間、拓斗の動きが止まった。そして、しばらくしてから彼は話してくれた・・・。
 「お前が、アイツのこと考えて悩んでる姿見たら傍にいてやりたいって思った・・・。でも、アイツが目の前に現れた時、オレを突き放して、すぐ駆け寄っていったお前見たら・・・。」
 拓斗は後日、店の前まで来て入り口から店内を覗いて引き返したという。
「お前、すっげぇ幸せそうな顔してブーケ作ってた・・・。オレ、その顔見たら、なんか安心できた。お前が幸せなのが、オレ一番嬉しいから・・・。」
 穏やかな表情でそう言った拓斗の横顔を見て、今まで兄のように、私を気にかけてくれた拓斗の優しさに感謝した。
 「拓斗、ありがとう・・・。」
 私の言葉を受けとった拓斗は、視線を落としたまま、わずかに微笑んだ ー。
 そして、彼は思い切ったように顔をぐっと上げ、今にも泣き出しそうな灰色の空を見た・・・。
 「彼氏と来てよ。オレたちのラストライブ・・・。」
 『TOXIC』の解散は、つい最近メンバー間で決まったことで、まだメディアには公表していなかった。
 それでも、『TOXIC』の、あるメンバーの不祥事が巷を騒がせていることは、ニュースで知っていた・・・。
 
 ー 拓斗は、傘を持っていなかった私を心配してくれて、雨が降り出す前にと、近くの駅まで送ってくれた。
 解散ライブのリハーサルのため、スタジオへと戻って行った拓斗の背中は、少し痩せたように見えた・・・。
 
 『TOXIC』の解散ライブ ー。拓斗のラストステージ・・・。
 これが、テオドールと行く初『TOXIC』のライブになるなんて・・・。
 国民的超人気ロックバンドの解散ライブということで、10万枚のチケットは、ものの数分でソールドアウト ー。
 会場の周辺には、だふ屋が、うろつき。チケットを取れなかった多くのファンが、音漏れを聞きに来ていた。
 そんな中、私達は、関係者席に案内され『TOXIC』の、カリスマギタリスト。北村拓斗のラストステージを間近で鑑賞した・・・。

 痩せて見えたはずの拓斗の背中は、カリスマギタリストのオーラを纏って、広く大きく、ステージ狭しと疾走していた。 
 彼の指先から奏でられる旋律は、観客一人ひとりの琴線に、それぞれの物語を紡いで魂へのギフトとして胸の真ん中に届けられる ー。
 
 『TOXIC』のラストステージに、メンバーの涙は無く。アンコールの最後の曲は、軽快なリズムを刻む王道のロックサウンドだった。
  私は、満点の笑顔でギターをかき鳴らす拓斗の姿に、目頭を熱くした・・・。

 ライブ終演後、テオドールと私は『TOXIC』の打ち上げに参加させてもらうことになった。
 以前、冷たい眼差しと強い口調で拓斗をはねつけたテオドールだったが、拓斗が私達二人を今日のライブに呼んでくれたこと、さらに、なぜ呼んでくれたかを私から話すと拓斗に対するテオドールの、わだかまりは無くなった。
 なにより彼は、拓斗の奏でる旋律に、とても感動していた・・・。
 「君は本物だな・・・。」
 ”天才ギタリスト”『北村拓斗』の、パフォーマンスに圧倒されたテオドールは、瞳をどよめかせながら拓斗にこんなことを言った。
 「彼女が、俺より先に君と出会っていたら・・・。危なかったなっ・・・。」
 拓斗は得意げに腕組みをして見せたあと、朗らかな顔で言った。
 「だなっ!・・・でも。運命は、あんたを華那の伴侶に選んだ。二人とも幸せにな・・・!!」
 拓斗は、テオドールと私に笑顔で祝福の言葉を贈ってくれた。そして、私達は声を揃えて、拓斗に”ありがとう”と言った・・・。
 私達の未来を祝福してくれた拓斗の将来は?一体、彼はこれからどうするのだろう??私は、そしてテオドールも、”ギタリスト『北村拓斗』”の、行く末が気になっていた。
 「これからどうするの・・・??」
 私は、『TOXIC』解散後の拓斗の活動についてたずねた。
 「来月、早々。ニューヨークに発つ ー。」
 拓斗の、ギタリストとしての才能を見込んだアメリカの大手プロダクションが、『TOXIC』の解散を聞きつけて、彼に声をかけていた。
 ー やっぱり。『北村拓斗』は、”本物”だ・・・!
 「”雨降って地固まる”だ!せっかくの大チャンスだ・・・!オレ、絶対ものにする・・・!!」
 前に拓斗が遠い目をして、どこかを見つめていた場所は、もしかして世界のステージだったのかもしれない ー。
 今夜、彼が見せてくれた素晴らしいステージと今後の活躍に、心からの感謝とエールを送った・・・。
 
 ー 最後に。いずれ世界を股にかけて活躍する者同士、テオドールと拓斗は固い握手を交わした。
 
 そして、拓斗は、春の到来を告げる追い風、春一番よりも早く。まだ見ぬアメリカンドリームを掴むため、ニューヨークへと旅立っていった ー。


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