雨の降る世界で私が愛したのは

頬の下の傷



 ほのかは浴衣の襟を緩め「熱っつい」と息を吐いた。

 少しだけ開けられた窓の外からは雨とせせらぎの音が混じって聞こえてくる。

「ああ〜今日はもう帰りたくないなぁ、ここに泊まっちゃいたい」

 綺麗にネイルアートが施された指で硝子のおちょこを摘むと、ついと傾ける。

「本当だね、今度は泊まりで来ようか」

 一凛は大皿に花びらのように広げられた肉を一枚剥がすと鍋から立ち上る湯気の中に差し入れる。

「泊まりだったらやっぱ彼氏とでしょ。露天風呂付きの部屋でさ」

 ほのかは自分のおちょこと一凛にも日本酒を注ぐ。

「で、最近はどうなの?」

 ほのかへのこの質問はイコール恋愛の近状を意味する。

 最近は日本人ではなく外国人の彼氏が続いていたほのかだが、オランダ人の彼と別れてから新しい男の話を聞かない。

 赤毛の背が高すぎるくらい高い男で、ベジタリアンだった。




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