雨の降る世界で私が愛したのは

キス



 土曜の遅い午後、図書室に残る生徒は殆んどいなかった。

 一凛はゆっくりと本と本の間を歩きながら深呼吸する。

 図書室の匂いが好きだった。

 湿った少しカビ臭いような紙の独特な匂いが好きで、借りたい本もないのにそれを目的に図書室に来ることが度々あった。

 ちょっとした調べものなどはネットで検索した方が効率的で、読みたい小説なども電子書籍で手に入れてしまう。

 たまには紙の本を読むのも悪くないかも知れない。

 せっかくだったら恋愛小説がいい。

 紙の本はすでに一凛にとってレトロな存在で、それには恋愛小説がふさわしいような気がした。

 一冊の本を手に取る。

 表紙を開こうとして「一凛ちゃん」と声をかけられる。

 颯太が数冊の本を持って立っていた。

 ちらっと背表紙が見えたが、どれも実践的な本ばかりで、思わず一凛は自分の手を後ろに回す。

「図書室にいるのなんて珍しいね」


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