侯爵様のユウウツ 成金令嬢(←たまに毒舌)は秀麗伯爵がお好き?
プロローグ
雲一つない青天、輝きに満ちた空気、爽やかな晩夏の風に乗って、夏草や花の香りが大聖堂の中まで漂って来そうです。まさに絶好の結婚式日和。

大聖堂中、祝福ムードがいっぱい……と言いたいところですが、お客様の大半は見世物見物と言った感じの貴族の皆様で、刑場に引きずられてくる生贄の羊、コホッいえ、花嫁さんを今か今かと待ちわびていらっしゃいます。

今日の主役の花嫁さんは

ウィザーク侯爵令嬢 ミシェル=シャイロンクライン嬢 二十四歳

凹凸のないマシュマロ肌にサファイアのぱっちりお目々、朝咲きの薔薇を思わせる頬と官能的な唇。まるで生きたビスクドールのように愛らしく美しいお嬢様です。

ま、外見だけならね……

で、祭壇の前に立つ花婿は、上等な黒い礼服にブルーグレーのベスト、グレーのタイを締めた養豚場の豚……並に肥え太った、悪名高い成り上がりの豪商 

ルーカス=メイヤー 五十四歳。

申し遅れました。
私は彼の娘のエセル=メイヤー 二十歳です。

「お姉様ぁ、結婚式はまだ始まらないの? ねえ、お庭で遊んできちゃだめ?」

そう言ったのは弟のアルフレッド 十歳で、座りっぱなしの体勢にすっかり飽きてしまったようです。

気持ちわかるわ~。
かれこれ1時間半近く待っています。アルフレッドでなくても疲れます。

と思いつつも、「もう少しだと思うから、待っててね」と諭しました。

ミシェル様、飾り立てなくても女神のようにお綺麗ですから、早くいらして下さい。

とその時、私の願いが通じたのでしょうか、聖堂の扉が開く重厚な音が響き渡りました。

やっと来た……。
会場にいる皆さんの心の声が聞こえたような気がしました。

一斉に後ろを振り向き、次の瞬間どよめきが起こりました。
そこに立っていたのは、眩いばかりにお美しいウィザーク侯爵 レイモンド=シャイロンクライン様お一人だったのです。

バージンロードをミシェル様と腕を組んで歩く筈だった彼女のお兄様、確か二十六歳くらいだったと思います。

外見だけなら神々も寵愛しそうなほどの美丈夫ですが、中身は『何様?』と言いたくなるほど偉そうな……、ええ、確かに侯爵様ですから偉いのですが、居丈高な彼が、私は好きではありません。

さて、レイモンド様は怯む事なくお一人でバージンロードを足早に進まれ、祭壇まで着くと司祭様と父を呼び寄せ何やら話をしていらっしゃいます。

絶対良くない事態です! 父の顔が赤く渋く歪んでいきますもの。

程なくしてレイモンド様が列席者に向けておっしゃいました。

「皆さま申し訳ございませんが、花嫁の急病により、結婚式を延期させて頂きます……」

会場からは嘲笑交じりの囁き声が聞こえます。

「ほほほ、急病なんて大変ですわねぇぇ」

「ふふっ、ごねてるのかしら? まさかお逃げになったとか?」

「おほほ、そんな事おっしゃっちゃいけませんわ。きっとお見舞いに行っても会わせて頂けないくらいの重病ですわよ」

父は顔を真っ赤にして「侯爵様、ただで済むとはお思いになりませんようにっ!!」と捨て台詞を吐き、「エセル、フレディ行くぞっ!!」と私と弟を連れてその場を後にしたのでした。

車に乗り込んでから父が苦々しそうに呟きました。
「ちきしょうあのバカ娘、逃げやがった」

父は娘の目から見ても善人とは言い難いですし、道徳心や教養やマナーの無さには呆れてしまう事も多々有ります。私に対し酷い暴言を吐く事も日常茶飯事です。が、ここまで育ててもらった娘ですもの、父が軽んじられるのは面白くありません。

ミシェル様、本当に身勝手な方……

私は呆れていましたが、結婚話は流れたものだと、まあ、それならそれで我が儘な彼女と関わらなくて済むのだから、かえって良かったのだと思っていました。

えぇえぇ、父とミシェル様の結婚は無くなりましたとも。
でもまさか、レイモンド様と私にお鉢が回って来ようとは、夢にも思っていませんでした。

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