侯爵様のユウウツ 成金令嬢(←たまに毒舌)は秀麗伯爵がお好き?
ちょっとしたハプニング

レイモンドsaido

ルースに殴りかかろうとした僕に、エセルは力いっぱい抱き付いて止めようとする。

「侯爵様いけませんっ、アンディーを殴らないで下さいっ!」

くそっ、君はまたアンディーか。

何とも言えない寂しさと苦々しさが、鈍い痛みを伴って胸を貫く。
ルースに唇を許した事も腹が立って仕方が無い。

怒りに打ち震える一方で、ぎゅっとしがみ付いて来る温もりと柔らかさと甘い香りが堪らなく愛おしく、突き返す事も払いのける事も出来ないうえに、抱き締め返したいとさえ思ってしまう。
僕は本当に大馬鹿だ。

「アンディーに、目に入ったゴミを取って貰っていただけです。ですからどうかお心をお静め下さい」

僕に縋りついて胸に顔をうずめたまま、エセルは言った。

「嘘をつくな、こいつの右手の指は君の頬に添えられていた!」

「嘘など申しません! 本当です!」

「胡麻化されるものかっ!」

口ではそんな事を言いながらも、安堵が湧き水の如く焦燥感を洗い流し、握った拳が徐々に硬さを失っていく。

エセルずるいよ。
こんな風に子兎みたいに僕の胸に飛び込んで必死に弁解されたら、結局僕が折れてやるしかないじゃないか。

エセルは僕の昂ぶりが引いて行くのを感じたようで、ゆっくりと顔を上げたが、その刹那、琥珀の瞳に微量の落胆が過ぎったように見え、同時に彼女は冷静さを取り戻したかのように、僕からすっと体を離した。

まるで静かに拒絶するかのように。

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