柚子の香りは手作りの
柚子の香りは手作りの


***


刺すような、まではまだいかずとも、十分冷たくなった風から逃げるようにして店内に入った私を、暖房で温められた空気が包んだ。


休講が入ったせいで、本来は四限目まであった授業が二限で終わった。明日は金曜日、必死で試行錯誤したお陰でもぎ取った一日休みなので、あとは帰るだけ、のはずである。それなのに私が素直に家に帰らずこんな場所にいるのは、それなりの理由があった。


「嗚呼そうか、精油は残ってるんだっけ……」


ないのはワセリンだけ、だったはずだ。スパチュラは前回使った分が残っている。いや、容器はぴったりしか買っていなかったから買わないといけない。白色ワセリンだからドラックストア、と思って寄ってみたが、容器は百均で買ったのだったか。


本当は別の作り方もあるのだけれど、と心の中で自分に反論しながら作りやすい方に逃げる。それ自体に命をかけているわけでもないのだから、別にそれで構わない。前回初めて作った分を失くしてしまったのは自分の落ち度だが、まさかワセリンを使い切ってしまうとは思わなかった。


十一月も下旬に入る時期は、割とワセリンを使う。しかも家に遊びに来た母親にもねだられて分けてしまったから、それが大きい。下手なリップクリームを使うよりも万能だということに気付いてからはいつもワセリンを使うようになったので、それもあるだろう。


「にしても、どこやったのかなあ……」


頭の中にある、今一番考えなければならないことから思考を逸らして、失くしてしまった前回製作したものについて考える。一人暮らしの部屋にはなかったから、実家かとも思ったのだが。どちらにもないということは、まだ探しきれていないのか、────それとも。


売り場を覚えていたお陰ですぐに見つかった白色ワセリンを手に取ると、悩む余地もなくレジに並ぶ。会計を終えると次は百均だ。こんなことなら駅で寄ってきてしまえばよかった。


少し離れた場所にある店に向かって足を動かしながら、考えても仕方のないことを考える。結局考えが巡っていきつく先はその問題で、一体考えたくないのか考えたいのか自分でもよく分からない。自分自身に苦笑を漏らしながら二つ目の店のドアをくぐると、私は一目散に目当てのコーナーまで進んだ。


買うものは決まっている。それを買って、帰ったらやることも決まっている。


そもそも、こんなことをしている時点で忘れられるわけなんてないのだった。


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