お気の毒さま、今日から君は俺の妻
澄花は唇の上に乗せられた手をそっと外して、首を振った。
「そうだった……私、まず龍一郎さんに話さないといけないことがあるんです」
「――話さないといけないこと?」
「はい」
澄花は深くうなずいて、彼の手をギュッと握りしめる。
(本当は私たちの家で打ち明けたかったけど……彼がここを離れられないと言うのなら、とりあえず私から話そう)
「私がジュエリーボックスに入れていた、写真のことです」
「あ……」
龍一郎が息を飲む。
「ずっと内緒にしていてごめんなさい。あれは――」
「知っている」
「え?」
「丸山春樹……十七歳だった君の、恋人だ」
「え……?」
確かに龍一郎は、過去何度も澄花に『知っている』と告げた。そのたびに澄花は驚いていたのだが、まさか春樹のことまで知っているとは、思わなかった。
「えっ……ああ、そうなんですね……いや、そうですよね……おじさんとおばさんのことも、知っていたんだもの……ハルちゃんのことだって……調べれば……」
丸山夫妻の経営する工場のことは、むしろ澄花よりも先に知っていたくらいだ。だったら彼らのひとり息子である春樹の存在を知らないはずがない。
そう、澄花は納得しかけていたのだが――。
「そういうことじゃない」
龍一郎はきっぱりと首を横に振った。
「本当に……だから俺は君に愛される資格がないんだ」