今宵、エリート将校とかりそめの契りを
真実と恋情
琴が目覚めた頃、陸軍省の前に黒い車が停まっていた。
総士から連絡を受けた忠臣が、運転手を付き従え、迎えに来ていたのだ。


それほど待たずして、舎内から総士が出て来た。
車から降り、ドアの前で待機していた忠臣の視界の中で、その姿がぐんぐん大きくなっていく。


寸分の乱れもなく着こなした軍服姿。
務めを終えてすぐの総士は、しっかり制帽も被っている。
それに不釣り合いな、痛々しい三角巾。
数時間前に軍部に来た時とその姿に変わりはない。
しかし。


「……総士様?」


総士の表情は厳しく強張ったまま、凍りついていた。
よく砥がれた刃のように鋭い瞳を、忠臣を通り越して真っすぐ車に向けている。
彼のただならぬ様子に、忠臣は訝しい思いで首を傾げた。


踵を鳴らし大股で歩いてくる総士を待たせることなく、彼が辿り着いた絶妙のタイミングで後部座席のドアを開ける。
総士が無言で乗り込むのを見て静かにドアを閉め、忠臣も反対側のドアに回り込んだ。
彼が座席を軋ませて座るのを待って、総士は運転手に自宅に戻るよう命じた。


明らかに不穏な空気を漂わせる総士の横顔を、忠臣は黙って窺った。
車が陸軍省の前から走り出すのを待って、ようやく短く呼びかける。


「総士様」


その声は、運転手の耳を憚るように、潜められていた。
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