生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

12.生贄姫は翻弄される。

 大量の手紙の山はギルバートの補助を受けておおよその派閥分けと中身の検分及び返信の内容とその代筆依頼までは済んだ。
 今後の対応として今回の分類を元にギルバート達で粗方仕分け、リーリエが目を通す必要のあるものだけを持ってくる形で一応は落ち着いた。
 ……はずだったのだが、新たに送られてくる手紙やプレゼントの山にイタチごっこ状態の日々。
 それだけならまだ耐えられた。

「……完全に舐められてますね」

 だが、何より気に入らないのは、リーリエを傀儡としてテオドールに近づこうとする輩の存在がちらほらと見受けられる事だった。
 保管すべきものも多いので手紙を握りつぶしたりはしないが、舌打ちしそうになる。

「もぅ、無理っ。もう限界。もうヤダ。もう投げたい」

 できない事は分かっている。
 なのでせめてもの抵抗として言葉として吐き出しながら机に突っ伏す。こんな姿、絶対に屋敷のみんなには見せられない。

「……せめて息抜きに体動かせればいいのに」

「運動できればお前は落ち着くのか?」

 リーリエは勢いよく顔を上げる。
 そこには今の時間帯にいるはずのないテオドールの姿があった。

「申し訳ありません、旦那さま。お迎えをしないどころかお見苦しい姿を晒してしまいました」

 人払いをしているのだから少しくらい行儀が悪くても問題ないだろう、などと慢心して気を抜き過ぎていた。

「構わない。ワザとだ」

 くっくっと喉を鳴らすように人の悪い笑みを浮かべてそう言うテオドールにリーリエは姿勢を正し、改めて礼をする。

「いえ、気づかなかった私の落ち度でございます」

 テオドールが事前に来る事が分かっていたなら予定が入った時点でリーリエの耳に届いていただろうし、仮に予告なくテオドールが屋敷にもどったのだとしても本人がこの執務室に来るまでにアンナやティナなどから声がかかっただろう。
 それがなかったということは、屋敷の主人であるテオドールがそうさせなかったのだという事は簡単に想像がつく。

「ご期待に添えず、申し訳ありません」

 テオドールに本気で気配を絶たれたらきっと警戒していたとしても、リーリエでは気づけない。
 気配なく近づき、気づいた時にはすでに死に絡め取られている。
 故に彼は戦場で死神と呼ばれてきたのだから。

「いや、正直に言えば驚いている。そんな反応が返ってくるとは思わなかった」

 気配なく近づいたテオドールを認識した後の反応は大抵が"恐怖"であり、まともに受け答えができなくなることの方が多い。
 だが、テオドールを認識してからのリーリエは取り乱す事もなく、至っていつも通りの彼女の対応だった。

「お前についての認識は改めたつもりだったのだがな。試すような真似をしてすまなかった」

 リーリエが普通の令嬢の枠に収まらない事は既に理解している。
 だが彼女をどう扱えばいいのかまでは測りかねている。
 それがテオドールのリーリエに対する正直な感想だった。
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