生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

13.生贄姫は華麗に化ける。

 リーリエは目の前に広がる光景に息をのむ。
 訓練用とはいえ剣同士がぶつかり合う音に妥協はなく、真剣に訓練に打ち込む騎士の姿は軍事力の高さを物語っている。

「旦那さま、本当によろしいのですか?」

 リーリエは一応遠慮気味にこそっと隣にいるテオドールに声をかけるが、わくわくといった感情が抑えきれていない。
 獣人のようにしっぽでもあれば振っていそうだなと想像し、意外と似合うかもしれないとうなずいた。
 リーリエはそのうなずきを了承と受け取りぱっと明るい笑顔をテオドールに向けフードを取る。
 本来蜂蜜色をしている彼女の髪は水色に代わり、邪魔にならないよう簪で一つにまとめ上げられている。服装も動きやすさを追求した訓練着に防御性を備えた靴とかなり軽装で、とても皇子妃どころか貴族令嬢には見えない。
 ただ、ひとつ翡翠色の瞳だけが彼女の存在を主張していた。

「……上手く化けたな」

「割と得意分野ですので」

 さすがに自国でも騎士団に紛れ込んだり各地にお忍びで視察に行ったりしていましたとは言えないので、笑顔で堂々と言い切った。

◆◆◆◆◆◆◆◆

 事の起こりは先日夕食後、テオドールが別邸に戻る前にリーリエの顔を見ようと執務室に立ち寄った際、書類の山に突っ伏したリーリエが疲弊しながら運動したいといったことに起因する。
 昼もそんなことを言っていたし、以前は屋敷から魔物が出没する別邸まで一人で抜け出しやってきた実績もある。
 夜会の時の魔術式の組み方からみても彼女の実力はかなり高いと推察できる。

『騎士団の訓練にでも混ざるか?』

 一度実力を見ておくのもいいのかもしれないと思ったのは確かだが、半分以上は冗談のつもりだった。

『よろしいのですか!? ぜひお願いします』

 が、テオドールの提案に一も二もなく秒で食いついたリーリエのキラキラした視線を前に言い出した手前やっぱりなしでとは言えず、リーリエとばれないようにできるならと条件を付けた。
 貴族令嬢の変装などたかが知れていると甘く見ていたテオドールは約束の日に迎えに行って驚愕する。
 現れた女性にリーリエの面影などないに等しかった。

『変身魔法が使えたのか?』

『いいえ。アンナの薬草は素晴らしい出来で、よく髪も染まりましたし、他にも必要なものはギルバートをはじめみんなが手配してくれましたので』

 テオドールは彼女の後ろに控える使用人のドヤ顔を見て、すでに屋敷全員がリーリエの味方に付いていたのだと悟った。
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