生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

16.生贄姫は考察される。

 リーリエがゼノと激闘を繰り広げているのと同時刻。
 テオドールは机の上に広げられた書類を丁寧に読み直し、ため息をつく。
 長い間集中していたため、頭痛がしてきた。

「テオドール様。また眉間に皺が寄っていますよ」

 自分の額を指差しながら、ノアはそう苦言を漏らす。

「放っておけ」

 従者の苦言など気にも止めない主の机の上にノアはコトリと青色の小瓶を置く。

「リーリエ様からお預かりしました、頭痛薬だそうです。一応効能も調べましたが問題ありませんでした」

 テオドールは手を止めて小瓶を掴み、ノアの方を見る。
 自分の事を名前で呼ぶ数少ない部下のノアは執事であると同時に毒味役でもある。ダンピールである彼は見た目はヒトと変わりがないので、どこでも連れて回せるし、有能だ。
 だが、赤茶色の目は面白そうに細められ、どうぞと促されれば嫌な予感しかしない。

「……っ」

 そして大抵それは当たる。
 込み上げてくる吐き気に声も出せずテオドールはノアを睨む。

「よく効くが、味は保証しないとご伝言も承りました。良薬口に苦しですねー」

 知ってたとばかりにいい笑顔で親指を立てるノアに腹いせのように小瓶を投げるが、小瓶は割れる事なくノアの手中に収まり回収された。

「お口直しにレモンティーをどうぞ。こちらもリーリエ様からの差し入れです」

 以前みたリーリエ作の朝食を思い出し、一瞬躊躇ったが口の中に残る苦味に負けて喉に流す。

「……美味い」

「いやぁー照れます。淹れたの私ですけどね」

 テオドールの睨みにこれ以上はまずいと感じた有能な執事は引き際だなと丁寧に礼をして頼まれていた報告書を渡した。

「……屋敷に変わりは?」

 これ以上のやりとりは無駄だと悟ったテオドールは視線を書類に戻す。
 頭痛はあっという間に引いていた。

「いくつか変更点が。もともとあった薬草園を拡大。アンナを中心にエルフやその血を引いているもので薬草を育てています。それをリーリエ様とともに様々な薬品を生産していますね。今殿下が飲まれた頭痛薬もその一つです」

「リーリエが調合しているのか?」

「いえ、調合者は全員屋敷の者です。うちの屋敷に錬金術や調香、調薬スキル持ちがあんなにいたとは驚きです。リーリエ様はレシピ開発と教育を担っています」

「教育?」

 テオドールが屋敷に召し抱えている使用人のほとんどは訳ありで保護した者たちだった。総じて能力は高いが、彼らに適切な教育までは施せていない。
 テオドールでは異形のモノと別称される彼らに対し、人材の確保ができなかったからだ。

「割り当てられた妃殿下の予算のほとんどを魔道具購入費用にあて、業務効率化を行い、空いた時間で希望者にそれぞれにあった教育を施しているようですね。みんな楽しそうですよ。屋敷の下級使用人の識字率が向上しています」

 ここ1月の識字率や勤労状況の統計が示された資料はそれぞれ僅かながら変化が見られた。
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