生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

17.生贄姫は秘事が多い。

 テオドールは手元にある資料を手繰り寄せる。
 ノアが持ってきたモノと王城から取り寄せたモノ。
 そこにはリーリエに関する情報が書かれていた。

『どうぞあなた様の目で見定めてくださいませ』

 リーリエは屋敷でそう言った。
 目を逸らす事を許されなかったあの日から、テオドールはリーリエについて調べている。
 だが、調べれば調べる程分からなくなる。

『なぜ、カナン王国はリーリエを人質として手放したんだ?』

 リーリエは情報漏洩を防ぐためという名目で、侍女の1人も連れてくる事を許され無かった。
 とは言えそれは表向きの話。アシュレイ公爵の渋り様から間者の1人でも差し向けられているかと思ったが、結果はシロ。
 リーリエは本当に1人で数年前まで敵国だったアルカナに差し出されたらしい。
 将来カナンで王妃になるはずだったリーリエも、その未来が絶たれた今そうするほどの価値がないと判断されたのか。
 あるいは溺愛していた愛娘も、所詮宰相にとってはコマの1つ、という事なのかもしれない。

『まぁ、父親など血が繋がっているだけのただの他人だしな』

 テオドールは自身の幼少期を振り返り自嘲気味に口角を上げる。
 殺されかけた回数など最早覚えておらず、何かを与えられた記憶もない。
 早々に辺境や戦場に出され、生きるためには強くならざるを得なかった。
 結果的にその環境が自身のもつ聖戦士のスキルにマッチし、早くから才能が開花したために武功を立てる事に繋がり今に至るが、だからと言って特別に何かの感情が湧くことも無かった。
 それでも王都にこうして留まるのは王子として生まれてしまった立場の責任と踏みつけてきたモノへの贖罪に他ならない。
 だからこそリーリエの反応が不思議でならない。
 1人で人質として来たはずなのに、まるで悲観する様子がない彼女の姿が。

『それどころか、むしろ楽しそうですらある』

 夜会での適切な処置といい、屋敷での改革案といい、リーリエの知識量には驚かされるばかりだ。
 元々将来は王妃になる予定だったのだから、ずば抜けた才能やスキルを有していてもおかしくないのかもしれないが、これほどの人材を易々と他国に行かせるにはそれなりの理由があるのではないかとどうにも詮索せずにはいられない。
 だが、調べる程に分からなくなる。

『リーリエは一体、何者なんだ?』

 出ない答えに頭を悩ませているとドアの前に人の気配を感知し、テオドールは資料から顔を上げた。

「ドア開ける前からそんなに殺気垂れ流さないでよー」

 ノックもせずには入ってきた男は苦笑気味に紫暗の瞳を細めて、

「弟にそんな扱いされたらお兄ちゃん泣いちゃいそう」

 言葉とは裏腹に不遜な態度でテオドールの机に腰掛ける。
 ルイス・ミカリエ・アルカナ。アルカナ王国第一王子にして王太子、そして現在の全権代理者。
 血が半分だけ繋がっている兄。
 職務上の上司。
 どの言葉をあげても彼を歓迎する気には到底なれない。
 ルイスがテオドールの執務室に来るときは、大抵厄介事を抱えてやってくるからだ。
 ルイスをつまみ出すわけにもいかず、テオドールは嫌そうな顔で舌打ちをした。
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