生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

20.生贄姫は形に拘る。

 夕食後、場所をリーリエの執務室に移し、リーリエは来客用のソファーにテオドールを案内するとテーブルに資料を広げた。
 リーリエの前にはミルクたっぷりのカフェオレが、テオドールの前には紅茶が運ばれるとアンナたちは気を利かせて退室していった。

「さて、旦那さま。お仕事のお話をしましょうか」

 壁面に張り付けた資料の前に立ったリーリエは、きりっとメガネのふちを持ち上げてそう話し始める。

「……その前に、その恰好は何だ?」

 ツッコむべきか否か迷った結果、気になりすぎて集中できないと判断したテオドールは呆れたようにリーリエに尋ねる。
 今のリーリエは髪を一つにまとめ上げ、服装は白のブラウスとタイトスカートに黒のストッキングと黒のハイヒール。
 普段かけていないメガネをかけ指示棒を片手に持って立っているというスタイルで、令嬢らしさは皆無の恰好となっていた。

「私、何事も形から入るタイプなのですよ」

 どやっと胸を張られても目のやり場に困るテオドール。

「ちなみにお屋敷の皆さんに講義するときもこの格好ですよ。わりと好評なのです」

「……とりあえず、今後は禁止とする」

「そんなっ! 好きにしていいとおっしゃったじゃないですか!? リーリエのやる気メーター暴落ですよ」

「限度がある、と言うかアシュレイ公爵家ではこれが普通なのか!?」

「旦那さま、厳格な公爵家で許されるとお思いですか? お母様にバレたら淑女のためのマナー講座フルコース受講の上強制労働に駆り出されるに決まっているじゃありませんか」

 初めてコスプレが今世の母にバレた時の事は忘れられない。
 そして妹のシャロンを自作の衣装で着飾って連れ出したことがバレた時の事は言葉にするのも苦しい程の苦行を科されたが、今となっては割といい思い出だ。女神のようなシャロンを見られたので悔いはない。

「まぁ、でもバレなければ問題ないのですよ。本気でやる時は家族にも見破れないレベルで変装しますし」

「……そこまでして何故やる」

 呆れた声でつぶやくテオドールを見ながら指示棒を片手でポンポンっと叩いたリーリエは、コテンと首を横に傾けて、

「何故、と言われましても……趣味半分、実益半分と言ったところでしょうか?」

 テオドールの疑問に答える。

「ご指導頂いた先生からは"まだ足りない"と言われていますし、実際余裕が無くなると癖が出てしまうのですよ。今日も王太子殿下に気づかれたようですし。なので今後とも修練のために見逃してくださいませ」

 ニコニコと笑顔で押し切るリーリエに辞めるつもりはないらしいと悟ったテオドールはため息をついて好きにしろと諦めた。

「はい、ではご了承頂けたところで、今後のお話をしましょうか」

 伊達メガネをくいっとあげて微笑むリーリエは、指示棒で資料を指しながら話し始めた。
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