生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

24.生贄姫は釣りをする。

 リーリエが嫁いでから別邸で過ごすことが多かったテオドールだが、リーリエと夜の散歩をした日以降本邸に顔を出す日が増えた。
 進捗はノア経由で聞いてもよかったのだが、リーリエがあまりに楽しそうに話すものだから、いつの間にか足が向くようになっていた。

「騎士団の合同演習、ですか?」

 今日の報告が終わった後、テオドールにそう切り出された。

「ああ、第一から第三騎士団まで合同で毎年模擬試合を行う。団員たちの交流も兼ねてな」

「試合に参加してもよろしいのですか!?」

 テオドールやゼノの活躍が間近で見られるなんて神イベントかよ!? とそわそわしているリーリエに。

「ダメに決まっているだろう。なんで参加する気満々なんだ」

 と間髪入れずに却下したテオドールは、招待状を差し出す。

「ルイスから預かった。公式行事として同伴しろってことだ」

「つまりお仕事ですね。デートのお誘いではなくて残念です」

 藤色の封に全権代理者であるルイスを表す紋章の印が押されていることを確認し、リーリエはペーパーナイフで封を開けた。
 リーリエ・アシュレイ宛に書かれたそれには先程聞いた内容が記載されており、トランプのクラブのジャックが1枚同封されていた。
 同封されていたカードを両面隈なくチェックするが特に変わった点はない。

「お話は分かりました。お断りしてください」

 リーリエは軽くため息をついて掌でカードを弄ぶ。

「ルイスは全権代理、つまり王命に等しい召集を断れるわけないだろう」

「ええ、普通はそうですね。でも断ります。私は自分を安売りする気はないので」

 リーリエはカードを机の上に置き、代わりに引き出しから小さなチェスセットを取り出す。

「でもせっかくの機会なので、釣りをしようと思います」

「釣り?」

 テオドールから繰り返されたその言葉をリーリエは頷きで肯定すると、

「旦那さまは、王太子殿下をどのようなお方だと思われますか?」

 そう尋ねた。
 問われてテオドールは眉間に皺を寄せる。

「俺はルイスをよく知らない。一緒に暮らしたこともない、血を分けたただの他人だ。が、短い付き合いで言えるなら面倒くさい。ただひたすら面倒な厄介ごとを運んでくる奴だな」

 押し付けられた数々の厄介ごとを思い出し、テオドールの眉間の皺が更に深くなった。

「旦那さま、その点については私も激しく同意でございます」

 リーリエはチェスセットからナイトとポーンを一つずつ取り出す。

「私の父は、カナンで最も長く宰相を務めております。身内の贔屓目ではなく、父は有能です。その父を唸らせた相手を私は王太子殿下以外存知上げません」

 ミントグリーンの封筒と真っ白なカード、リーリエ本人を表す紋章を用意し、並べる。

「外交の基本は情報戦と心理戦、駆け引きです。1を聞き、10を知り、カードを切る時を読む。それができて一人前と言われる世界で、ルイス王太子殿下はそれを遥かに凌駕する。"交渉術"その能力において彼を超える方に私は会ったことがございません」

 テオドールはルイスと対峙する時、飄々とした態度で全てを見透かされるような感覚に陥る事が多々ある。
 駆け引きで敵う相手ではない事は十分に承知している。
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