生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

39.生贄姫はフラグを回収し損ねる。

「リーリエの主張はとりあえず理解した」

 警戒態勢を解かないリーリエに、テオドールは仕方なさそうにため息をついた。

「では、仕事の話と少し雑談をしようか」

 それ以上近づくことも追及することもなく、テオドールはそう切り出す。
 あっさり主張が通ったことに驚きつつもほっとしたリーリエはこくんとうなずき机の後ろから出てきた。

「まずは仕事から。合同演習の内容が変更になった。今年は模擬試合ではなく、野外に出て、夢魔を狩る。今年は夢魔による精神を病む被害が顕著に多い。目撃情報も例年の倍以上上がっているから放置できない、という判断に至った」

 夢魔とは悪夢を見せると言われている魔獣で形は馬に近いが馬とは異なりその額にはツノが生えている。
 穏やかそうな見た目とは裏腹にかなり攻撃的で、体躯の倍以上の魔獣も倒し捕食する。
 大食らいの雑食種のため、大繁殖した場合農家への被害も大きく飢饉に繋がりかねない。
 精神支配を受けてしまうと夢魔を狩るどころではなくなるので、討伐には注意が必要だ。

「夢魔の被害は精神障害と農産物被害だけですか?」

 リーリエは渡された資料を見ながらテオドールに質問する。

「いや、子どもが多数いなくなっている」

「……でしょうね」

 テオドールは初めから答えが分かっていたかのようなリーリエに、訝し気な視線をよこす。

「ただの魔獣被害なら、第二騎士団への討伐依頼だけで済むはずです。そこに人為的なものがありなおかつ早急に対応する必要があるから、第一騎士団、第三騎士団との合同なのでしょう?」

 アルカナの騎士団は大きく3つの部署で構成されている。
 主に王族や上級貴族の警護にあたることをメインとしている第一騎士団。
 魔獣対策を含め、表では動かせない特殊な任務の案件を扱う第二騎士団。
 上記に該当しない町の治安維持を含めた人的被害に対応する第三騎士団。
 所属的には第三騎士団の配属者数が多く、第三騎士団内でさらに細かな班に分かれ職務に従事している。

「いなくなったのは、魔力値の高い貴族の庶子ではないですか?」

「ああ、そうだ」

 テオドールの答えにやっぱり、という思いが込み上げてくる。
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