生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

40.生贄姫は可能性を模索する。

 ルイスの依頼は情報の精査だろうが、彼がどこまで把握しているのか読み取れない状態で、テオドールにどこまで話すべきなのか、リーリエは迷う。
 この魔法陣が絡むイベントは、ゲームの時系列でいえば5年前に始動しているはずのものだった。
 だが、それが始動してしまうと戦争が回避できず、結果リーリエの人生が詰んでしまうものだったので、王城に上がれるようになって早々にフラグを折ったはずだった。

『これが、所謂ゲームの強制力って奴なのかしら?』

 回収し損なったフラグが今更ひょっこり出てくるなんて、本当に勘弁して欲しい。

『断頭台への道、断てたと思ってたんだけどなぁ』

 この魔法陣が何なのか、これから何が起きようとしているのか話すことはできる。
 だが、説明したところで何故それを知っているのかと聞かれても答えられる気がしない。
 そしてテオドール相手に嘘をつき続けられる自信もない。
 最善手を探してぐるぐる頭の中で思考を回転させるが、見つかる気がしない。

「リーリエ、少し外に出るか?」

「……外に?」

「煮詰まっている、と顔に書いてある」

 テオドールはさっと立ち上がるとドアの方を指さし、休憩を促す。
 休憩は決定事項らしく行き先も告げぬまま歩き出したテオドール。
 他にできることも見当たらないので、リーリエもそれに倣って部屋を出た。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 中央棟の一番上の屋上からの見晴らしはなかなかだった。
 屋敷で一番高い場所なだけあって、星が近く感じる。
 夕方だったらさぞ絶景だっただろうなとリーリエは思う。
 寒くも暑くもなく、湿度も高くないので、さらりとして快適な気候が心地よい。
 こちらにも四季は存在するが、今が一番いい時期かもしれない。
 テオドールがリーリエから受け取った報告書を暗号化し、カラスに変えて飛ばす。
 ありふれた生活魔法でさえ、綺麗にさらりと術式を編むなとテオドールの仕草を見ながらリーリエはぼんやり考えた。

「なんだ?」

「いえ、キレイだなーって見惚れてました。旦那さまは本当に魔力の流れが澄んでますね」

 リーリエからの視線に耐えかねたテオドールの問いに、リーリエは微笑んで答える。

「そういえばリーリエが生活魔法を使っているところを見た事がないな」

「ご存じの通り、私は魔力の体内保有量が多くありませんから」

 省エネ派なんですとリーリエは笑いながら、腕輪を見せる。
 魔道具には実行可能範囲に誓約がつくが、必要な役割は果たしてくれる。

「それに、あまり直接魔術を組み立ているところを見せたくないのです。無詠唱魔法にご興味ある方たちがやたらと私の情報を解析したがるもので」

 この世界での魔法展開のための詠唱はやたらと長い。確立された魔術式の展開ですら時間がかかり過ぎている。
 いくら一撃の破壊力が高くても、魔法を展開できなければ意味がない。
 そのジレンマを解決する一助としてリーリエは無詠唱化の方法を提唱し、いくつかの術式を論文とともに著作フリーで公開した。
 その功績を持って彼女は学校を飛び級で卒業している。
 リーリエが編んだ術式以外にも研究は進んでいるが、その道の第一人者に教えを請いたいのはヒトの性だろう。
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