生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

44.生贄姫は想われる。

「あら、旦那さまがお戻りになったようですね」

 リーリエがそう言った数秒後、

「何でお前がここにいる」

 ノックもせずに開いた扉から姿を現したのはこの屋敷の主人、テオドールだった。

「旦那さま、外は大荒れの様子。お身体が冷えたのではないですか? 湯浴みの準備はさせておりますが、いかがなさいます?」

 先程までの会話など無かったかの様ににこやかに笑ってテオドールを出迎えたリーリエは、外から戻ったテオドールに風呂を勧める。

「あとで貰う。じゃなくて、変なことされていないか? リーリエ」

 リーリエの腕を引き自分の方に引き寄せたテオドールは、抱き締めるようにしてルイスからリーリエを隠す。

「別に、ここ最近の旦那さまのお戯れに比べたら大した事ないですよ?」

 が、リーリエは離してくださいます? と冷たい視線を向け、身をよじる。

「水も滴るいい男と形容されそうなくらいお美しい旦那さまを眺めるのも眼福ではあるのですが、とりあえずお客さまの前なので即刻その手をどけて頂いてもよろしいですか? そろそろセクハラで訴えますよ?」

 本来"推し"に弱いはずのリーリエにしてはかなりの塩対応。
 その様子を見ていたルイスは、

「テオ、なんかリリの地雷ぶち抜いた?」

 と冷静に分析する。
 困り顔のテオドールを見て、ふむとうなづいたルイスはとてもいい笑顔で、

「助けてやろうか? 俺の方がリリの扱いに詳しいと思うぞ」

 そう言う。

「はぁ? いらな」

「ちなみに俺がリリの地雷踏んだ時はリリの機嫌直すのに3年かかったけど? 物理的な距離があったのは仕方ないとして、リリのガチギレは早いとこ対応しないと後を引く」

 テオドールの言葉を途中で遮ってにやにやっと笑いどうする? と再度尋ねる。

「カフェオレ落とさせたくらいで」

「お前の価値カフェオレ以下かぁ、3ヶ月も有ったのに何やってんの? お兄ちゃん悲しくなってきたー」

「そろそろ離して頂けないと、全力で抵抗しますよ? 脚技には少々覚えがございますので」

 いい加減にしてくれます? とリーリエからあからさまに嫌そうな視線を送られて、テオドールは手を離す。

「では、私はお食事を先にするよう手配して参りますので。ちゃんと体乾かしてくださいね」

 とタオルをテオドールに押し付けてリーリエはさっさと去っていく。
 この対応がこれから3年続くかもしれない。

「……で、俺にどうしろと?」

 テオドールが折れるには十分だった。

「いやぁー今度の合同演習に向けてテオに頼みたいことがあるんだよねー。話早くて助かる~」

「どうせ厄介ごと押し付けに来たんだろうが」

「まぁそうなんだけど、気持ちよく、素直に、自ら、動いてくれた方が、お互いいいだろ?」

 ウィンウィンだろ? と意地悪く笑ったルイスは顎で座るよう促し、目を細める。

「難しい話じゃないさ。夢魔を狩るついでに、龍のアキレス腱を落として欲しいだけ。そろそろ本格的に目障りなんだよね」

「龍のアキレス腱?」

 尊大な態度でそこに坐しているルイスは、テオドールが送ったカラスを発現させる。

「龍は俺の管轄外でね。でも、害獣の躾は必要だろ? 方法はお前に任せるよ」

 そう言ってカラスを握り潰し、闇に返したルイスはそれ以上言葉を紡がない。
 先日ルイスに送った資料分析の報告書に関連する依頼だということは察しがつくが、今時点で龍のアキレス腱が何を指すのかがテオドールには読み解けない。
 おそらくこれ以上ルイスから情報を出すことはできないので、今回も骨が折れそうだ。
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