「仕事を再開する時、色々な皺寄せが家族にも仕事にもあるだろうな、と漠然とは思っていたんですけど……家庭と仕事、両立するって難しいですね……あっ、やだ、これから結婚する赤尾さんに私、何を言っているのかしら」

土田さんんはバツの悪そうな笑みを浮かべる。
ーー家庭と仕事のバランス。母の天秤は仕事の方が重かった。

「それでも、土田さんは第一線から退いた。お子さんの方が重かったんですよ……」

呟く言葉の意味が分かったのか、土田さんは一つ頷き、仕事モードに戻る。

「本日の会場ですが……」

基本的に見合い場所は当日までシークレットだ。
万が一にも、見合いを邪魔する者が現れないためだ。

「釣書はしっかり目を通して頂けましたね」

土田さんが念押しのように訊ねる。
コクンと頷くが、封も切っていない。こんなことは初めてだ。

到着したのは著名な、ホテルKOGOだった。
中に一歩足を踏み入れた途端、非日常の世界が目前に広がる。

厚みのある真紅の絨毯と煌めくシャンデリアの中を、土田さんに続き奥へと向かう。

確かこの方向は……『月の彩』老舗割烹料亭の支店があったはず。

今日の会場? なら、物凄く嬉しい! ここは最高に美味しいが、お値段も最高で、いつかは! と私が作る『行きたい店』リストに入っている店の一つだ。

そして……思った通りだった。
土田さんが赤紫の暖簾をくぐる。

嗚呼、心が躍る。

長い廊下を仲居さんに続き行き、個室の障子が開けられると、土田さんが「お待たせいたしました」と明るく挨拶をする。

どうやらお相手は既に来ていたようだ。
続いて中に入り、相手に視線を向けた瞬間、私は息を飲む。