強引ドクターの蜜恋処方箋
4章
松井さんと二人の秘密が少しずつ増えていく。

上司と部下の壁は完全に崩壊してしまったけれど、職場での松井さんは以前と同様に上司として私に接してくれていた。

「南川さん。これコピー100部頼む」

松井さんが私に原紙を手渡す。

「はい」

すぐに席を立ってコピー室に向かった。

普段と変わらないで接してくれる松井さんの視線を今までよりもくすぐったく感じるのは私の気持ちに変化があったせい?


一昨日、母から連絡があり週末の土曜に水谷先生と会うことが決まった。

まだそのことを松井さんに伝える機会がないまま時間だけが過ぎていく。

あの日、連絡先を聞いておけばよかったのにフワフワしていてすっかり忘れてしまっていた。

帰り際、社内メールで伝えようかと思っていた矢先、コピー室に松井さんがコーヒーカップを手に1人で入ってきた。

誰もいないのを確かめると私の横にそっと寄り添う。

「その後変わりないか?」

その優しい声に癒された。

「はい、ありがとうございます」

コピー機が一枚一枚印刷した紙を刷り上げていく。

そのコピー機の音を聞きながら、ふと松井さんの熱くて甘い抱擁を思い出して顔が熱くなった。

ドキドキしてる場合じゃない。今言わなくちゃ。

「あの、この間お願いしたことなんですけど」

思い切って切り出した。

「ああ、例の恋人役の件だね」

「ええ。今週土曜の14時に私の実家に集合ってことになりました。大丈夫ですか?」

「もちろん大丈夫だ。南川さんちまで迎えに行くよ」

迎えに来てくれるの?!

思いがけない松井さんからの提案に、思わず目を見開いた。

彼はそんな私を見て「くすっ」と肩を振るわせた。

「君って本当に素直だよね。かわいいよ、まじで」

『かわいい』なんて、この年齢になって久しく言われたことがない。

松井さんはそんな私に何度も「かわいい」と言ってくれるんだけど。

戸惑いと恥ずかしさにますます反応して顔が赤くなる。

松井さんは笑いながら、

「住所教えて。13時過ぎに迎えに行くよ」

と言って私に視線をちらっと向けた。

「本当にいいんですか?」

「その方が俺もいいんだ。電車の人混みはどうも苦手でさ」

「じゃ、お言葉に甘えてお願いします」

私はペコリと頭を下げて、胸のポケットに入れていたメモ帳に住所と電話番号を素早く書いて手渡した。

コピー機が100部印刷を終えて止まった。


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