こんな恋のはじまりがあってもいい
翌日。
翌朝、何も知らないふりをして学校へ行く。

「あかね!おはよー!」
元気よく私の名を呼び、ご機嫌な声をかけてくる彼女は
そう、昨日私が目撃したーー仲良しのミキ。

アイツといい雰囲気で羨ましい。
そんな黒い霧がかかった心を彼女は知る由もなく。

「ね、昨日のMステ見た?」
と、呑気に可愛い声でいつもどおり近寄ってくる。

私は、何も知らない。
それでいい。
彼女が話してくれるまで、何も知らなかったことにしておけばいい。
こんな所で関係を悪くしたくない。

だけど。

そんな簡単に気持ちを切り替えられるはずもなくて。
少しぎこちなかっただろうか。

「あー、私昨日ちょっと忙しくて見てない」
そっけない返事になってしまった。

「そっかー」と、残念そうに呟いた後
また話題を切り替えて彼女ーーミキは明るく話しかけてきた。

なんだかそれも
今の私には少し大げさに見えてしまう。
少しうっとおしくも感じる彼女の声に

彼女はこんな子だっただろうか?
私が斜に構えて見てるから?

などと自問自答していると
「ね、聞いてる?」と、顔を覗き込まれた。

「あ、ごめん…聞いてなかった」
正直、聞いていられる精神状態じゃない。

「もー」
ミキはわざとらしく怒るそぶりをして
それから少し考えたのか

「何か、あった?」
と、聞いてきた。

「え?別に何もないよ〜」

努めて明るく返事をしたつもりだけど、
彼女は何か気になるらしい。

「うそーいつもより元気ないよ。あかね」
なんでこんな時に。

仲良しなだけにこういう時の勘ってするどい。
女の勘、かな。

「大丈夫だって!」
あはは、と何か話題を変えようとした時

「おーい、市原っ、吉野っ」
聞き覚えのある声がした。

ほんと、なんでこんな時に。

廊下側の窓から身を乗り出して声をかけてるのは
そう、昨日見たアイツーー東 圭太。
ちょっといいな、って思ったのが間違いだ。

アイツは中学の時のクラスメイト。
とにかく人懐っこくて、憎めない。
高校へ進学してクラスが変わっても、こうして私を使って
私の友達を狙うというちゃっかり屋。

他の知り合いに「まーた市原呼び出しやがって」と小突かれている。
私も満更ではなかった。
そう、昨日までは。

あまりにもずっと、自然に仲良くしていたから
これが恋と気づくのが遅かった。
一緒にいるのが当たり前になってた。
居心地の良さに溺れていたのかもしれない。

こうしてみんなに言われても、そのうちそんな関係になったらいいなって思えるくらい。
恥ずかしいから否定はするけど。

でも、今は
耳障りでしかない。

だってアイツーー圭太には

「もーなあに?またノート?」
可愛い声で怒る彼女、ミキがいる。

彼にとって
私はただの付き合いの長い友人で
可愛い本命はこっちというわけだ。

「ワークやるの忘れててさ〜ミキはどうせやってないだろ?」
「失礼ねっ」
「まあまあ、事実だし。ってことで市原ーー」

圭太がそう話しかけたところで
「あー市原、俺ワーク借りたまんまだわ。まだ写せてないからもうちょっと待って」

後ろから声がした。

「…真野、くん?」
昨日ココアをくれた彼、だ。


ワークなんて貸してない。
なぜ?

「マジか!先越されたかー!!」
オーバーアクションで残念そうな表現をする圭太を横目に
彼はこっそり片目を瞑った。


もしかして。
かばってくれたの、かな。

少し、くすぐったい風が吹いた。
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