こんな恋のはじまりがあってもいい
そんなこんなで過ぎる日々
それから

やけに真野くんが視界に入るようになった。
気のせいかもしれない。

単に、私が『気になっている』だけかもしれない。

そんなまさか。

特に大して彼と何かあったとかは無いし
結局3ヶ月たった今でも、あの時ミキと何で二人きりで教室に居たのかは聞けていない。
今更聞けない。
聞かなくていいと思うようにした。
そのうち忘れるだろう。

それでも
毎日では無いにしろ、週に何度か二人で帰ることが増えた。
もちろん、ココアを飲みながら。

たまにはカフェオレにしてみよう、なんてチャレンジしてみたり。
そんな、ちょっとした遊び心で
二人で帰るのが楽しくなっていた。

いつも彼は私の気分が沈みかけた時に、
上から引っ張りあげてくれる。
あたたかい気持ちにさせてくれる。

安心、というのだろうか。
同志かもしれない。

ある日の昼休み、
椅子に座ったままそんなことをぼんやり考えていると

「もしもーし?」

真野くんが目の前で手を振っている。

「わっ!何なに?!」
私は驚いてのけぞった。

と、その拍子にバランスを崩し、後ろへひっくり返えーーー

え?

真野くんが、とっさに私の腕を掴んで
机越しに支えてくれた。

「……っぶねー」

「…………」

ガタン、と椅子の倒れる音がして
周りの何人かがこちらを見る。

「あ、ごめん。大丈夫」

あはは、と周りにはなんでもないそぶりで返す。
気がつくと、彼の手はもう腕から離れていた。

「もー、ビビらせんじゃねーよー」

真野くんが両手を机につき、安堵のため息を漏らす。

「はービックリした。まさか後ろに行くとは」

私はその様子を、どこか遠い世界のように見ていた。
「…………」

腕、引っ張ってくれて良かった。
まだ少し、掴まれたところの感覚が残っている。

力、強いんだね。
やっぱり、男の子だと再認識した。

心臓の音がうるさい。
危うく倒れそうだった焦りと変な緊張が重なって
耳の鼓膜が震えていた。

「……あ、りがと」

やっと出た言葉。
いろんな感情が一度に湧き上がって、自分で処理できずにいた。

「いや、驚かせたの俺だし。怪我ない?」

真野くんはいたって普通に話しかけてくれている。
「あ〜うん、大丈夫!大丈夫!」

少しのタイムラグの後、私はようやく平静を取り戻した。

「そ、ならいいけど。」

あまりにもボーっとしていたので、声をかけてくれたらしい。
とくに用事はなかったらしく、そのあと友達に呼ばれた彼は
「じゃ」
と去っていった。

なんだ、びっくりした。

さっきまで何を考えていたのか、すっかり忘れてしまった。
それはそれでいいか、と次の授業の用意を始めた時。

「あかね…ちょっといい?」

ミキがそっと話しかけてきた。
なんだか様子がおかしい。
それだけは、察した。

「なに?どうしたの?」

嫌な予感というのは的中するようで。

「……圭太くんとさ、別れることになっちゃった。」

「……はい?」

今、彼女は何て言ったのだろう?
別れた?

「ここ最近、なんだか気まずくて。お互いのタイミングが合わないなって思ってたんだけどね……」

あはは、と無理に笑う彼女はとても痛々しく。
だけどーーー
私にできることなんて何もなくて。

ただ、彼女の話を聞いてあげる事しかできなかった。

そうして放課後、久しぶりに帰るミキとの帰り道。
彼女にココアを手渡し、とことん語り合った。

帰り際、ミキは少しスッキリしたようで。
「あかね、ありがとう」
そう言って、自分の家へと帰って行った。

真野くんみたいに、私も
彼女を少しはあったかくできただろうか。

そんな事を思いながら
彼女の背中を、見送った。
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