いちばん、すきなひと。
トモダチとカノジョはどっちが得か。
校舎の玄関口は、ホームルームを終えた生徒で混んでいた。
その中で、ひとり。
直子は、まっすぐ野々村を見ていた。

「わお、あの人……野々村の元カノでしょ」
桂子が私に耳打ちしてきた。
私は無言で頷く。

野々村は、聞こえないフリをしていた。
友達と楽しそうに話しながら。

「野々村ってば!」
直子が駆け寄る。
流石に周りの生徒も気付いたようだ。

あちこちでヒソヒソと話す声がする。

「海原と野々村って、付き合ってたの?」
「別れたんじゃなかったっけ」

皆、それなりに知ってるんだな、と
冷静に思った。

野々村と一緒にいる友達も気まずい感じで
「おい……」
と、促す。

が、野々村は冷たく
「っさいなー、何だよ」
と、興味なさそうに仕方なく応えた。

「……なんで?……何でダメなのっ?」
「んぁ?」
「私、何かいけない事した?嫌な所があるなら直すからっ……」
「そんなんじゃ、ねーよ」

こんな二人の込み入ったやりとり
聞いていいんだろうか。


周りの皆は、興味津々で二人を見ている。
私も、二人がどうなるのか気になった
だけど。

やっぱり、胃が痛くなるような
胸がギュッと締め付けられるような
重いものが、広がって。


直子の必死な様子を見て
あぁ、本当に彼女は野々村の事が好きなんだな
と、再認識してしまった。

同時に、私は何してるんだろうと
足元がグラついた。


直子と野々村が別れたと聞いて
驚きもしたし、ショックもそれなりに受けたけど。
安堵したのも、確か。


そして。
クラスメイトという状況の特権に
甘んじて、それに優越感さえ抱いていた。
彼の隣に堂々と立てる理由に
しがみついていた。


少し、直子に対して
罪悪感を抱いた。

きっと、直子は毎日辛い思いをしてるだろう。



でも、私は正直、直子に寄り添えない。
それほど、彼女と仲が良いワケでもない。
クラスメイトでアイツと楽しくやってる自分の立場を考えると
友達ヅラして、心配して寄り添えるはずもなく。


直子は
あの時、偶然出会った
優子の友達で。

あの時、偶然
野々村たちと会っただけなのに。

彼女は、私に対していつも
野々村というフィルターを、通していた。

ずっと、感じでいた
居心地の悪さの、ひとつ。

きっと、彼女は
最初から
野々村しか見ていなかったんじゃないか。

そう思えたから
彼女が、別れたと聞いても
私は、話を聞きに行こうと思わなかったんじゃないだろうか。

今なら、そんな気がする。


でも、今。ここで
それを考える私って
とても性格悪い。

結局、私は。
直子に嫉妬していたんだ。

彼女に対して
野々村というフィルターを通しているのは
私も同じで。



あぁ、やめよう。
私が、惨めな気持ちになるだけだ。


思考回路を二人から外して。
「行こ。」
桂子と一緒に
その場を通り過ぎた。


直子と野々村の事は、二人の問題。
だから
私は、関係ない。

なのに。ずっと
胸がムカムカしていた。




幸いだったのは
これが、終業式だったという事。

あの二人を見かける事は
当分ないだろう。

アイツに会えないのは少し、残念だけど
こんな苦しい思いをしなくて済むなら
それもまたいいかと思った。






なのに。
残念な事に。
世の中、そんなに甘くなかった。




中学三年の冬休みなんて
勉強しか、する事がない。

勉強して、模試受けて、また勉強して。
早いところは既に高校入試も始まっている。

私は、近所の公立高校を希望している。
特になんの考えもなく。
やりたい事もなく。

この辺の中学生なら、大多数は同じ高校に進学する。
その安心感を、一番に選んだ。

公立高校の入試は、3月なので
私はまだのんびりしている。

それほどハードルも高くないので
フツーに勉強していれば、受かる所だからだ。

だけど。
世の中はそうじゃなくて。
私の意と反して皆『いい学校に入る為に勉強するもの』だと思っている大人が多い。

親も顔を合わせる度に言ってくる。
「そんなんで、学校大丈夫なの?」と。
失礼しちゃう。
私、そんなにバカじゃないし。
学年の順位、知らないはずないでしょ。

親は心配して、滑り止めにと
私学の受験を私に勧めた。
少し離れた所にある、名の知れた女子校、だ。
さほど偏差値も高いワケではないが
大学までエスカレーター式で行けるのがウリだとか。

親が言うので反発する訳にもいかず
周りの友達も軽く受けるというので
保険感覚で、受けておいた。

もちろん、合格。
でもあくまで滑り止めだから
行く気は毛頭ない。

他の友達も同じで
万一公立に入れなかった時のために
受けたようなモンだった。

そんな万一、あるはずがない。
そう思っている。

そんなワケで。
私は本当に、受験勉強とは縁がなかった。
模試も、単なるヒマ潰しだし
自分の学力がどの程度かを知るために、受けていただけ。

勉強は、好きな方だ。
ノートをまとめたりするのは楽しい。

だけど。
勉強しろしろとうるさい親がいて
家に居るのは、うんざりだ。


冬休みに入って3日目。
もう我慢できない。
そう思った時。
電話が鳴った。

「みやちゃーん、ヒマー?」
桂子だ。
「ヒマ!ものすごくヒマ!」
「だと思った」
電話越しに桂子が笑っている。
さすが、よく分かってくれてる。

「図書館、行かない?」
「図書館?なんで。」
「ベンキョウ」
はぁ?と言ってしまった。

結局、勉強か。
ちょっとウンザリした。
でも、友達とならいいかも。

「図書館の自習室、はかどるらしいよ。」
「ジュケンベンキョウ?」
「そ、私はみやちゃんと違っておバカだからねーちゃんとしないとダメなんだよー」
「そうだっけ?」
「そうそう、だーかーらっ、みやちゃん教えて。オベンキョウ」

なるほど。
そういう事ね。

「桂子の頼みならいいよ。引き受けたっ」
「ホント?やった!」
「図書館なら本読み放題だしね。」
「みやちゃん、全然勉強する気ないでしょ」
「うふふ。ちゃんと道具持っていくよー」

そうやって電話を切って。
カバンに適当に道具を詰め込んで。
「図書館で勉強してくるっ」
本当の事だけど嘘っぽい理由で
私は家を出た。


数分後、図書館の前で桂子と待ち合わせて。
自習室のドアを開けると。

「あれ?みやのっち」

野々村が、いた。

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