いちばん、すきなひと。
急性胃炎らしい。
その後。
自転車で先に行ったあの2組はどうなったか。

知らん。

と、いいたい所だが。
仲が良いので耳に入る。


宮迫は、どうやら優子が気に入ってるらしく
あれをキッカケにアピールしてるらしい。
優子もまんざらではなさそうだ。

だろうな。

宮迫は、今じゃ後輩からキャーキャー言われる存在だ。
バスケ部のスタメンに必ず入ってるし。
確かに、部活やってる時のアイツは、モテるだろうなと思う。

そして。
あんなに憎ったらしいガキだったのに
いつの間にかちょっと女慣れしちゃったというか。
元々持ってた才能か。
女子への優しさが、上手い。

私は女子扱いされないので別だけど。
あれはコロッとイクな、と思う。


だから優子も。
最初は「あんなヤツのどこがいいんだか」なんて言ってたけど
やっぱりまんまと惹かれてる。

まぁ、それはそれでいいんじゃないかと思う。
美男美女なら問題ナシ。

宮迫の取り巻き後輩も
優子がカノジョになるなら納得だろう。


まだつき合ってはないらしいが
あれから毎日、二人で帰る姿を見かける。

おかげで。
「二人はちょっと……」などと可愛い事を言う優子の為に
私は巻き込まれて。
宮迫にちょっと迷惑がられながらも
皆を巻き込んで毎日下校するハメになるのである。

あぁ、早く部活始まれ。
長い一週間だこと。


あのパクった自転車は
毎日あのゴミ捨て場に『駐輪場』のように置かれ。
下校時に乗って帰るアイテムと化している。

早く回収されちまえ。

心の底から思った。
なんで私までこの二人に巻き込まれにゃならんのだ。

まぁ宮迫には野々村がつきまとうので
そしてもちろん直子も優子とセットなので
この4人と、下校を共にするのである。

私の立場って一体……
と、なるのでもちろん。
陽子も巻き込む。

するとバスケ部軍団もよろしく付いてきて。
毎日集団下校、だ。


そのうち。
バスケ部のメンバーのうちの一人が
陽子の事を気になりだした。

陽子も実は悪くないと思っているらしい。


これはこれは。


参った。

私の居場所が、ない。

他のバスケ部メンバーも、同じ気持ちらしく
私に同情を寄せる。
「これ……オレらへの『当てつけ?』」
だと、思います。ハイ。
私は頷く。

だからと言って
残りモンでまたくっついてやろうなど
お互いまっぴらごめんで。

私たちは何やら仲むつまじい3組の後ろを
グダグダと歩く事が増えた。





だから。
翌週から部活が始まって。
私は心底ホッとした。

もうアレにつき合わなくて良いのだろう、と。



甘かった。


部活が終わる時間なんて
大体どこも同じだ。

特に、運動部に関しては。


バスケ部が先に終われば
いつものメンバーが待っている。

憂鬱。

自主練で居残りするからって言い訳で
皆と遅れて帰ろうとした事もあるけど
優子に懇願されると断れず。

バスケ部が遅い時は、優子につき合って
一緒に待ってみたりした。

直子が生徒会、陽子が帰宅部のため
別行動になる事だけが、救われた。
優子だけになら、なんとかつき合ってやろう。
そう思えたからだ。

それにしても。
なんかちょっと私
イイ人すぎやしないか?

そんな疑問もちょっと持ち始めたある日。


野々村が、学校を休んだ。


理由は、知らない。
調子でも悪かったのだろうか。

とりあえず。
きっとまたいつものように
ノートを見せろと言ってくるだろうと予測して。

いつもより少し綺麗目に書いておいた。


放課後。
家庭訪問だか何かで
部活が休みになった。

優子が直子を連れて、私と帰ろうと誘いに来た。
もちろん、帰る。
直子は野々村が休みだからさぞ残念だろう
そう思っていたが。

直子は、野々村が欠席の理由を
知っていた。


急性胃炎、らしい。

何じゃそりゃ
と、思わず言ってしまった。

こっちの方が胃が痛くなる思いじゃ!
と言えずに黙るが。
ふーん、と流しつつ。

何故、直子が知ってるのか
心に引っかかった。


電話したらしい。
心配だったのだろう。

そこで。また提案される。
「みやのっちー、今日ヒマ?野々村のお見舞い行こうよー」

嫌だ。

何で私が。

いつもなら、友達の頼みなら引き受けるけど
今日はそんなに『いい人』になれなかった。
そんな気分じゃなかった。

「予定はないけど、お見舞いとか大ゲサだし。家行ったら迷惑じゃん」
当たり前の事を言ったつもりだけど
ちょっと刺々しかったかもしれない。

直子が少し悲しそうな顔をした。
優子は私が嫌にイライラしてるのに気がついたようだ。
でも直子の気持ちも汲んであげたかったのだろう。

妥協案を言い出した。
「じゃ、みんなで野々村に電話しよ。声だけなら大丈夫じゃないかな」

優子は、やさしい。
だからついつい、私も優子のお願いは聞いてしまう。


私もそこまで断る理由も見つからないので
それなら、と承諾した。

直子は嬉しそうだった。
電話で声が聞けるだけでもいいらしい。

誰が電話するのかで、揉めた。
そんなの、直子がかけるのが普通だろう、と私が押した。

直子は私にかけてほしかったようだ。
恥ずかしいのと、彼女でもないのに出しゃばりすぎて嫌われるのが怖いとか。
そんな感じの事を言っていた。

彼女でもないのに。
お互い様だろう
寧ろ私が電話したらそれこそ不自然すぎやしないか。

クラスメイトってだけでどうして心配してやらねばならんのだ。

とか何とか言いくるめて
直子に電話をかけさせた。


私は、卑怯だろうか。



彼女は、頬を赤らめて携帯を耳に当てた。
『もしもし』
電話ごしに、少し。
アイツの声が聞こえた。

「もしもしっ私。直子。大丈夫?胃炎って聞いたけど」
『あー大丈夫。ダイジョウブ』

まるで彼氏彼女の会話だな。
もうこれでいいじゃん。

大丈夫そうだし。
これでヨシ、と。

私はすっかり傍観者と化していた。
それはもう空気のように。

私、ここに居なくていいんじゃない?

そう思った時だった。

直子が「え?」と真顔になったのを見たのは。
そして少し低い声で。
「……うん、居るよ。代わろうか、ちょっと待って」
と、電話を耳から離し

「みやのっち、代わって。だって」
直子はちょっと怒っているようだった。

何やってんだアイツ。
「もしもしっ」
あの様子からして
直子を不機嫌にさせた事が、私のせいのような気がして。
ここで私の名前を出すんじゃないよバカタレっ
という気持ちで、電話に出た。

「あーみやのっちー助けてー腹痛いー」
「はぁ?今大丈夫って言ってたじゃんかよ」
「大丈夫だけど腹は痛いの。胃炎だからさ。」
「ふーん、ノノムラクンダイジョウブ?」
「その棒読みのセリフ、止めてくんない」
「棒読みじゃないって。本心本心。気持ちコモッテル」
「あーそう、じゃそう思っとく。」
「で、何よ。わざわざ人の電話借りて何の用?」
「オマエ病人に対してつれないね。ノート!今度こそみせて」
「あーノートね!ノート!ハイハイ分かりましたーっと」

心配そうな直子を安心させたくて
私はワザと大きな声で繰り返した。
怪しまれたくない一心だった。

「今から持ってきて。」
は?

「何で」
私は眉間にシワを寄せて、訪ねた。

ここでそれはマズイでしょ。
直子が見てるし聞いてる。
いや、ノート貸すだけならやましくないか。
私が警戒しすぎ?


何故、私が直子に警戒する必要があるのだろう。
何もやましくないじゃないか。


そう気付いて。
また、胸の黒い部分を思い出す。

忘れろ、忘れろ。


私は、やましくなんか、ない。

「何で……って、今日の授業知りたいからじゃねーか。悪いか」
「あぁ、ごめん、そうだね。ってか腹痛いのにそんな体力あるの」
「バスケ部主将をナメんなよ」

あぁそうですね、そうでした。

「じゃ、今から持って行けばいい?」
「よろしくー、あーみやのっちと喋ったら元気でたわ。ありがとな」

なんじゃソレ。

そう言って、電話を切って
あ、最後は直子に代わればよかったなと
空気の読めない自分を反省し。

「……直子、授業のノート届けに来いって。」
と、伝えてみた。
「私が?」
直子が驚く。
私が野々村と電話している間、ずっと心配そうにこっちを見ていた。

きっと、不安なんだろう。

私がこんなに仲良くしちゃったら、ダメなんじゃないかな。

だから。
今のうちに。
直子に、頼もう。


あっ、と大きな声を出して。
「私、用事があるの忘れてた!直子持って行って」

用事なんてないけど。
とっさにそう言ってしまって。
でも、二人で行くのは違うと思ったから
そういう事にした。


カバンからノートを取り出して。
「ハイ。これ。今日の授業の分。早く返せって言っといて」
と、直子に押し付けた。

「ヤバ、間に合わない。じゃ、後よろしくねー」

本当は、心配した。
野々村の、事。

だけど、わたしはそんな立場じゃないから。
直子が、いるから。

直子との電話で、私の存在を覚えていてくれた事も、
本当は、嬉しかった。

同じクラスでよかった。
そう、思った。


だけど、
これは。
自覚しちゃダメな事だから
まだ知らないフリして、
何もなかった事にしよう。


私たちは、このままで、いいんだ。
そう思う事に、する。
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