いちばん、すきなひと。
人の話に首を突っ込んでは、いけない。
こうして。
私が情けない事になった、あの放課後練習がよかったのか。
我がクラスは見事に、優勝した。

どれだけ皆で抱き合って喜んだ事だろう。
卒業前にいい思い出ができた。

あれから。

私が自分の気持ちを素直に認めたからといって。
何かが変わるワケでもなく。

とにかく今は、本番のコンクールへ向けて
ひたすら練習だ。

あの時、迷惑そうにしていた生徒達も
優勝したのがよかったのか
あれから文句も言わずに
寧ろ楽しそうに、練習に参加している。


本番の前日。
皆、塾や文科系の部活など
それぞれの個人的な予定も繰り上げて
日が暮れるまで、丁寧に練習した。

「明日になって声が出ないとかないよね」
と、言ってしまうほどに疲れた。
冗談だけど、あながち本心かもしれない。

明日の集合場所と時間を皆で確認して、解散となった。

バラバラと教室を出るクラスメイト。
先生と軽く話しをして、私も最後に教室を出た。

「お疲れ」
廊下に、野々村がいた。
「おつかれー」
私も普通に挨拶する。

そこで、余計な事を聞いてしまう。
意識しているがため、だ。
我ながら情けないと反省したのも、後のまつり。

「あれ、今日は直子ちゃんどうしてんの」
「ん?……あぁ、今日は帰ってるんじゃねーの」

ふうん、と相づちを打ちながら。
何かおかしい、と思った。

でも変な詮索を私がしても、どうしようもない。
オバサンみたいなマネは止めておこう。

それとなく、話すこともなく。
黙々と廊下を歩き、階段を降りる。
校舎を、出る。

なんとなく、お互い。
他に一緒に帰る相手もなく。
同じ道を、歩く。

「あれ、他のいつものメンバーは?」
野々村の事だから、きっと他のバスケ部のメンバーが
待ち伏せとかしてたりするんじゃないかと思ったんだけど。

「んなのとっくに帰ってるさ。もう遅いし」
ふーん。

何か、変なの。
そういや、二人で歩く事なんて
今までなかった。

意識しては、いけない。
バレても、いけない。

自分に必死で言い聞かせて。
平然を装った。

野々村は平気で普通に話しかけてくる。

今ハマってる音楽の話。
読んでる本の話。
面白い漫画やゲームの話。
そして。
バスケの話。

聞いていて、飽きない。
やっぱりコイツ、面白いなぁ。

直子ちゃん、いいなぁ。

純粋に、そう思った。


くだらない話ばかりだけど
家までの道が、あっという間だった。

お互いの分かれ道について。

じゃ、と野々村が手を上げる。
「明日。頑張ろうね」
と私も手を上げた。
「ったりめーだ。優勝すんぞ」
パチン、と音がして。

野々村が私の手に手をぶつけた。

いい響き。

そのまま、振り返らずに。
家まで真っすぐ、帰った。


この気持ちだけは、自分の中に。
そっと、そっと
しまって、おこう。





そうして翌日は本番。

コンクールの最中、他の学生が歌っているのを
観客席から聞く。
その間
偶然にも席順が隣同士で。
野々村とずっと、一緒にいた。


心臓の音が聞こえやしないかと
そればかり気になった。

アイツはそんな事おかまいなしで
終止リラックスムード全開。

常に堂々としているのは
目立ちたがり屋のせい?

それもまた、コイツのいいところなんだろう。
緊張してる姿なんて想像つかない。

だから
私もそんなところ、見せてやんない。
リラックスしたフリをしてやる。

そんなくだらない時間を
ひとり、大切に楽しみ。



ようやく。
自分たちの番を迎えた。

皆で力を出し切った、が


結果は、入賞ならず。



悔しいね、と言いながらも
全力を出した、皆の顔は爽やかだった。


自分たちのクラスだけが、ここに来られたこと。
誇りに思う。
いい思い出になったと、思う。


そして。
それを
この人と一緒に過ごせた事が
何よりも、嬉しかった。

この時間を、大切にしまっておこう。

誰にも、知られずに。



いつもそうやって。
自分に言い聞かせて。
毎日を過ごした。



そして。
冬がきて。

クリスマスも目前だというある日。


優子ちゃんが私のクラスへ、走ってきた。
「みやのっちぃー!!!」
彼女がここまで走ってくるのは珍しい。
何があったのだろう。

「直子が……野々村と別れたって」

え、と思った。
頭が真っ白になった。


なんで。

なんで?



「なんか、直子ちゃん落ち込んじゃって……話を聞いてあげたいんだけど、
何か一方的に振られたみたいな事言ってて。みやのっち、何か知ってる?野々村から聞いてる?」

私は首を横にブンブンと振った。
何も、知らない。
何も聞いてない。

知るはずがないじゃない。

なんで私が知ってると思うんだ。

「でも……それって二人の問題だから。私に言われても」
とりあえず、素直に思った事を伝えた。

私の気持ちは、誰にもバレてない。
だから、関係ない。

二人の間の事は、二人の問題。
だけど、

あの時。
合唱コンクールの前日。

何か様子がおかしいなとは思っていたけど。

もしかしたら
もう、あの時くらいから。



思い当たる節はあるけど
私が勝手に言うべき事じゃない。



私が黙っていると。
野々村がこっちに気付いた。

けれど、いつものように
こちらへは寄ってこない。

きっと、何を話しているのか察したんだろう。


ちょうど、チャイムが鳴ったので
優子ちゃんは自分の教室へ戻って行った。

私は、野々村の視線に気付かないフリをして。席についた。

「聞いただろ」
後ろから
低い声で、そう話しかけられた。

振り返る事が、できない。


残念ながら
今、私の席は野々村の前で。

席替えをした当初
それはそれは内心喜んでいたのだが。
今回ばかりは、この席を恨んだ。

気まずいったらありゃしない。

私、関係ないハズなんですが。


先生がやってくる。
自習らしい。

皆、わーっと喜ぶ。
とりあえず配られたプリントをクリアして、提出したら自主勉強のようだ。


「オマエ、プリント終わったらこっち向けよな」
「……はい……」

こくこくと頷いて。
とにかく目の前のプリントを埋めてしまおうと集中した。


30分ほどして。
皆、次々とプリントを提出し始めた。
私も既に、プリントは埋まっているのだが。
提出してしまうと
野々村の話を聞かなければならない。

どうしよう。

できないフリをするか。

どうしよう。


悶々と悩む私のプリントを
横からスッと抜き取られた。

「あっ」

「どーせ終わってんだろ。諦めろ」
野々村が、私のプリントも一緒に提出してしまった。


「…………」
黙って、待つ。
提出して戻ってきた野々村は、自分の席について。
小声でこっちに話しかけてきた。
「海原の事だろ」

ええい!
もう私は知らん!

よく考えたら
私、全然関係ない。

勝手にひとりコイツの事好きになったからって
別に誰にもこの気持ちバレてないし。

何かモーション仕掛けたワケでもないし。

ただ、純粋に。
直子の友達として


野々村の話を聞くのは、アリでしょうか。


「……別れたって、ホント?」
「あぁ。」
「何で。」
「何でって……別に。」
「別に、何よ」
「気持ちが続かねーんじゃ、どうしようもねーじゃん。」

それは、確かに。

「直子の事、好きじゃなくなった……って、こと?」
「そもそも、好きって何なのか、分かんねー」
野々村はメガネを外して、目頭を押さえた。

「え、好きだからつき合ってたんじゃないの?」
素朴な疑問。

「んー……可愛いし、自分の事好きって言われたらさ。それなりに……気になるじゃん」
そりゃそうだろな。
健全な男子だ。

「じゃ何で……」
「そこまでだった、ってコトだよ。それ以上じゃないなって思った。」
「それ以上?」
「その……なんだ。アレだよ。あれ」
「何?」
「ちょ、オマエ悟れよソコは!」
「ごめんニブいらしい。分からん」

「キス、したら分かるんだって。合うとか合わないとか」
「!!」



なんとなく。
私が、ショックを受けた。

目の前でシャッターを下ろされた、そんな気分だった。

そこは、
私の知らない世界でございます。
すみません。



聞くんじゃ、なかった。



人の話に首つっこむから
こういう事になるんだ。

反省。





だけどここで勝手にシャットアウトする訳にもいかず。
何となく、理解あるフリをした。
もう、そうしないと無理だ。

感情を止めて。

「なるほどねーあたしにゃ理解できませんが、そういう事ですか」
「本人に絶対、言うなよ」
「言えねーよ、バカ」
腹立ち紛れにそう言って。

話を強制終了させた。


野々村もそれ以上話す事もせず。

その後
私たちは全く喋る事なく、一日を終えた。
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