35階から落ちてきた恋
ふたたびアリーナ
ライブ開始2時間前。

木田川さんに迎えに来てもらい、会場のアリーナに入る。リハはほとんど終わっている。
進藤さんはヒロトさんとユウキさんと合流して流れを確認作業に入る。

ここからは進藤さんを見守るのが私の仕事。

昨夜から今まで私にできる範囲のことはした。
後は進藤さんの頑張りにかけるしかない。

ステージの近くにいてはスタッフの皆さんの邪魔になってしまうから、客席に降りて目立たないように座った。

ライブの裏側ってこうなっているんだ。
きょろきょろしながらいろいろなことに感心した。
裏方スタッフの多さにもみんなの真剣なまなざしにも。

「水沢さん」
気が付くと隣に社長の山崎さんが座っていた。

「あ、お疲れ様です」
社長さんは今日もきちんとメイクで非常にお美しい。
しかも、木田川さん情報では50代らしい。てっきり40代かと。

「タカト、顔色もかなりよくなったみたいね。どう、行けそう?」

「今は微熱なんで動けているんですけど。正直昨日のあの状態を見てるので、今こうして打ち合わせしてるのも心配ではあるんですが、とにかく進藤さんの頑張りに期待するしかないっていうのが本音です。ライブ中に何もないことを祈ります」

「でも、何かあったらすぐに果菜が助けてくれるんだろ?」

耳元でいきなり声がする。

「進藤さん」

いつの間にそこに。

「あら、タカト。水沢さんとすっかり仲良しになったのねぇ。水沢さんって果菜ちゃんっていうのね。ふーん」

山崎社長は表情を変えることなく答える。

そのポーカーフェイスの「ふーん」が微妙に怖いんですけど。

「あの、あの、別にそういう意味でその、仲良しになったわけじゃありませんから。ただの患者さんとナースですから」

山崎社長に少し言い訳をすると、進藤さんには逆効果だったらしい。

「おい、果菜。何がただの患者さんとナースだ。俺たちもっと深い関係だろうが」

進藤さんは私の鼻をぐいっと引っ張った。

「いひゃい、いひゃいから~ひゃめて。にゃんですかーふきゃいきゃんけいってぇ」
きゃー、何てことするんだよ。この人は。
しかも、深い関係ってなんだ!

私に鼻をつまむ進藤さんの右手につかもうとしたらパッと離された。

「二度とただの患者とナースだなんて言うんじゃないぞ」

「えええ?ただの患者とナースじゃないですか」
< 38 / 198 >

この作品をシェア

pagetop