ショコラの誘惑
ショコラの誘惑


「――――却下」


 勤務終了五分前。事務所の机の向こうから、工藤(くどう)課長は私を見もせずにその書類を突き返してきた。


「どうしてですか?」

「説明しなくても分かるだろ、簡単な理由だ。服務規程違反」

 彼はそう言いながら、まだ私を見ようとはしない。机の上に広げてある、書類の方が重要だとでもいうように。


「ですから、規定通りちゃんと休暇願いを提出しています」


 食い下がる私に、彼はやっと手元の書類から目を離し、ずれてもいない眼鏡を直して私と目を合わせた。


「服務規程、第五条四項――――休暇願いは七日以上前に上司へ申請する事。お前が今提出したのは明日の休暇願いだ」

「でもそれは……! ……急な用事ができたので…」

「親族の冠婚葬祭は2等身まで。その他、病気などの理由で課長もしくはそれ以上の上司が認めるものしか、緊急的に休暇を受理する事はできない、とも明記してある。お前の休暇理由の『私事』とはこれに当てはまるのか?」


 彼は事務的にそう私へそう説明すると、また手元の書類に視線を落とした。『私事』が当てはまらないというのは分かりきっていて、これ以上の話は無い、とでも言うように。

 目の前で書類をめくる、この石頭眼鏡が憎い。服務規程なんて説明されなくても知っていた。休暇理由が曖昧では、この石頭上司に受理されるはずもない事も。

 全部承知の上でも申請するほど、私はどうしても明日の休暇が欲しかったのだ。
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