チョコレートよりもあまいもの
チョコレートよりもあまいもの
パソコンの画面から発せられる青白い光が、真っ暗なオフィスの一角だけをぼんやりと照らし出していた。
深夜に近いこの時間、残っているのはふたりだけ。

私と、彼。

「あの……すみません。せっかくのバレンタインなのに、こんな時間まで付き合わせて」

私の企画書に目を通しながら、精悍な顔立ちの彼は表情を厳しく引き締めた。

「まったくだ。一体何人の女が泣いたと思ってる」

彼の言葉にチクリと胸が痛む。社内一のモテ男と名高い彼にとって、これはけっして比喩ではない。

そんな私も、彼のことをひっそりと慕うひとりで。

せっかくのバレンタイン、彼とふたりきりだというのに、昨晩も遅くまで残業で、チョコのひとつも準備できていない。

「あのっ……!」

思わず私は大きな声を上げていた。

「チョコはありませんけど、企画書ならありますから!!!」

シン、と辺りが静まり返った。彼が大きくて綺麗な瞳を瞬く。
けれど、次の瞬間。

「あっはっはっは」

突然彼が笑いだしてしまったので、今度は私が呆然とした。
笑いすぎて涙目の彼が、戸惑う私を覗き込む。

「最高の贈り物じゃないか。チョコなんかよりずっと刺激的だ」

そう言うと、彼は口の端を跳ね上げて、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。

「俺からもチョコやろうか?」

「え?」

「逆チョコってやつだ」

私に……!? 胸の奥がざわざわいい始める。
けれど――。

「六度目のやり直しだ」

「ええ!?」

差し戻されたNGの企画書を抱きしめて、私はがっくりとうなだれた。そんなことだろうと思った。

「安心しろ。今晩はつきっきりで指導してやるから。出来次第では、もっといいチョコをやらなくもない」

「……どうせ、七度目のやりなおしですよね」

「どうかな?」

「え……?」

不意に彼の手が伸びてきて、親指が頬をするりと撫でた。
こんなことは初めてで、私は頭を真っ白にして一心に彼を見つめ返す。

「お前はなにがほしいんだ? ほら。言ってみろよ」

ドキドキと、鼓動が信じられない速度で刻み始めた。
挑発するように、気の強い瞳が私の心の奥底を乱しにくる。

「チョコレートよりもあまくていいもの、教えてやろうか?」

そう言って、不敵な笑みを浮かべながら。
私の顎をすくいあげ、そして――


FIN
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