セルロイド・ラヴァ‘S
1-1
仕事帰りの午後7時。改札から吐き出される人の波に雑じり、駅を出て歩き出す。ふと頬にポツン。冷たい雫を感じて濃紺の夜空を見上げる。確かに雨の予報は出てた気がするけれど、もう少し遅い時間だったはず。溜め息が漏れた。

ここからアパートまで歩いて13分ほど。掌をかざしてみるけど本当に小雨だし、コンビニでビニール傘を買うのも勿体なさそう。とにかく急いで帰れば。そう決めて足を速める。

10月の雨とは言っても相変わらず気温は高めで、濡れたところで風邪を引くほどじゃない。おまけに7分袖のチュニックに細身のジーンズっていうラフな通勤スタイルだから洗濯も楽だ。これがリクルートスーツなら、やっぱり傘を買ったかもしれない。制服支給の会社で助かったわ。

駅前大通りから斜めに、わりと広めの通りへと入って行く。商店街を外れればもう新興の住宅地が広がる大きくも小さくもない街。28歳にして、結婚3年目の離婚と転職を機に越して来て1年ちょっと。

ここでの、私、吉井睦月(よしい むつき)の再出発はそんなに気合が入った理由でもなく。転職先の不動産会社がこの駅だったから近いところを選んだ、生活するのに不便が無ければいいってそれぐらいのものだ。銀行、郵便局、スーパー、ドラッグストア、コンビニ、病院。だいたい許容範囲内に揃ってるし、取りあえずどうにかなってる。

結婚してた時は軽自動車を持っていた。今は実家の妹が使ってる。あれば便利なのは承知してるけど駐車場代も馬鹿にならない。維持費を考えてそうした。先のことは分からないし、現実を見て堅実に生きてかないと。 
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