セルロイド・ラヴァ‘S
「・・・もし付き合って駄目になった時のこと考えてる?」

真顔のまま羽鳥さんはこっちを見つめている。

「俺が嫌いだとかって話じゃないんだね」

「・・・・・・嫌いではないです。ですけど、・・・恋愛に発展させる勇気は持てないと思います」

視線を落とし、さっきよりも少し強く言いきって事実上の断りを口にした。

彼は先月に離婚したばかり。急に独りになって寂しさが募る頃だ。たぶん私に気の無いことが分かれば別の人を探すだろうし、羽鳥さんを好きになる女性はいくらでもいる。そんなに私への執着は無いだろうと読んでいた。

「その時は俺が辞めるし吉井さんに絶対に迷惑はかけない。その前に、上手くいかないって前提は俺には無いんだけどな」

前髪を掻き上げて羽鳥さんが小さく息を吐く。返ってきた答えの口振りは、納得も諦めもしていない。・・・予想外だった。

「俺は早く次を探そうとか、手近な吉井さんでとか思った訳じゃない。正直、離婚を考え出してから色々きつかった時期もあってさ。会社来て吉井さんがコーヒー入れてくれたり、のど飴くれたりそういうのでホッとしたんだ。けっこう掬われてた。・・・だから吉井さんが思ってるよりずっと俺は本気」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

まさか。こんな真剣に告白をされるとは夢にも思わずに。私は完全に言葉を失くしていた。

羽鳥さんを異性として全く意識できないなら。・・・もっと簡単だった。今は誰とも付き合うつもりが無いんです。そう最初から予防線張ってガードしてた筈だった。

女としてほんの少しでも引かれてるものが心のどこかに棲みついてるから。躊躇してる。

「取りあえず俺の気持ちは伝えたし。まあここからは不動産屋の営業マンの底力、乞うご期待ってことで」
 
クスリと笑われた気配に俯かせていた視線を上げる。

「迷ってる人をその気にさせるのが俺の仕事だろ?」

涼しそうに羽鳥さんは笑い。二人分の飲み物を追加しながら色んな話題を振り、押しつけがましくなくこっちの情報をリサーチしては、さり気なく自身の情報を漏らしてくのはさすがな気がした。 
 

悪い人じゃない。誠実に愛してくれるかも知れない。はじめは。

私の中に掛かった歯止めは外れること無く。足を立ち止まらせてまだ進みはしなかった。





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