イミテーションラブ
先輩
いつものように会社に出勤すると、朝から社内が慌ただしかった。
電話が鳴り響いて、皆はその受け答えに忙しかったり、男性は出かけるのかホワイトボードに行き先を書き込んでいる。
「どうかしたんですか?」
自分の席に着いてから隣の席の増田さんに聞いてみる。
「それがね…取引先に提示していた日が昨日までだったの。書類上の契約日と変更になった最終期日が訂正されてなかったから、迷惑をかけたお客様にお詫びと打開策の提案をお願いすることになったのよ」
「…だから男性社員の人達は外出してるんですね…」
「そうなの…新規のお客様の仕事もあったから全体的に忙しかったんだと思うわ…」
「担当は誰だったんですか?」
「ああ、広瀬さんみたいよ」
「…広瀬さん?」
「そうよ。実際ミスしたのは別の人だったんだけど、彼が担当だからね。他の人のミスでも最終責任は彼だから」
「そうなんですか…」
何だか胸が苦しくなった。
自分には直接関係ないかもしれないけど、担当の仕事もあって、新入社員の指導係もあって、その忙しい中で、私に仕事を教えてくれていたのだ。
喜怒哀楽が分かりにくいタイプの広瀬さんは、いつも顔には出さないけど、今回の事で深く傷ついている気がした。
仕事では何も役に立たない私。
英里佳先輩のように仕事が分かるようになって、さりげなくフォローする事もできない。
それに彼女でもなんでもないから苦しい時に話を聞いてあげることもできない。
私は何かしてあげたかった。
バイト時代に自分が失敗しても相手を気遣ってくれた広瀬さん…
何も出来ないと分かっていても元気づけてあげたかった。
何か、何か…と考えて、バイトしてた時、広瀬さんがレジ横にあるチョコレートをいつも帰り際に買っていた事を思い出した。
たまたま買ってただけかもしれなかったけれど、私も疲れた時やストレスを感じた時にチョコレートをよく食べるから、差し入れ的な気持ちならいいかもしれないと思った。
そして私は、休み時間にバイト先までいって、小さなチョコレートを買ってきた。
バイト先のマークの入ったオリジナルミントチョコ。
"お仕事、お疲れ様です"と付箋に書いて、名前は明かさないように、チョコに貼り付けた。
きっとこの位なら彼女持ちでも許されるだろうと思って。
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