ここは仕事をする場所です!
***
街中に甘い香りが漂っているような気がする、ある晴れた冬の日。
本格的な就職活動を目前に控えた私はリクルートスーツを身に纏い、志望企業のひとつであるユズノ商事のインターンシップに参加していた。
就業体験は充実したもので、特に印象に残ったのは社内見学で見た実際の会議の様子だ。
議論は白熱しており、その中心にいた男性社員の森岡さんは学生全員を魅了し、仕事への情熱を溢れさせていた。
私もこんなふうに打ち込める仕事に就きたいと考えているうちに、インターンシップは終了した。
解散後、会社を出ようとすると、私は森岡さんに引き留められた。就業体験のディスカッションの出来がよかったらしく、私と話がしたいと言う。
会議室に入ると、森岡さんは私に笑みを向けた。
「インターンシップはどうだった?」
「有意義な時間でした」
「それはよかった。採用担当もいい人材だって誉めてたよ。……にしても、千紗が同じオフィスにいるのってこんな感じか。こうしてると社内恋愛してるみたいだな」
彼は“いつものように”私の頬を撫でるけれど、私は流されまいと気を引き締める。
……森岡絢斗。実は彼は、私の8つ上の幼なじみだ。
彼が私を呼び出したのは仕事ではなく、気まぐれだろう。
「ふざけないで。私は真剣な気持ちで就活してるの」
「わかってるよ」
絢斗は頷きながらも飄々と私の額に唇を落とし、私は咄嗟に身を引く。
「こっ、ここは仕事をする場所です!」
「休憩時間だから問題ないよ。それよりも俺に言うことあるだろ。今日は覚悟を決める日だよ」
彼のまっすぐな瞳に心臓が高鳴る。
……3年前、私が大学に入学した春、絢斗に告白された。
私も昔から彼を好きだったけれど、魅力溢れる彼の彼女になる勇気も自信もなく、返事を保留した。
でも想いは膨らむ一方で、今年の初日の出と絢斗の前で、バレンタインデーには覚悟を決めると誓ったのだ。
覚悟はもう決めている。でも、こんな場所で告白するの……?
「……今言うの?」
「ああ。今すぐ聞きたい」
私よりもずっと大人なのに、時折私にだけ見せるワガママな絢斗に胸がきゅんとする。
そんな姿を見せられたら、私ももう気持ちを抑えきれない。
「……好き。私もずっと絢斗が好きだった。待たせてごめんね」
「いいよ。……やっと俺のものになってくれたな」
彼は嬉しそうに笑い、「一生、大事にする」と私の唇に甘いキスを落とした。
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