絡んだ糸 〜真夜中の電話〜
呼び出し

夜遅く、電話が鳴る。咲さんからだ。
「もしもし。」
咲さんは何も言わない。息づかいさえも聞こえない。

僕は尋ねる。
「今から行っても良いですか?」
咲さんはYes とも、Noとも言わない。そのまま無言で僕の声を聞いている。はずだ。
「行きますね。」
僕は電話を握ったまま、バイクのキーを持って玄関を出る。

「今、階段降りてます。駐輪所まできました。」
それでも彼女は答えない。でも、Noとも言わない。
バイクのエンジン音を聞かせてから電話を切った。

 咲さんに会いに行く。それだけで、僕の身体は半分、宙に浮いたようになる。でも、ここで事故ったらシャレにならない。運転だけは慎重に。

 25分程で彼女のマンションに到着する。逸る気持ちを抑えて、バイクを駐めて、ヘルメットをしまう。手袋を脱ぎながら歩き、エレベーターの中でジャンバーの前を開ける。暑い、いや、熱いのだ。僕の身体が。咲さんをこの腕に抱くまで、あと30いや25秒。

 ドアの前に着くと、僕が呼び鈴を押す前にドアが開く。
ドアの内側で僕を待っていた咲さん。僕の足音を覚えている咲さん。柔らかい部屋着に着替えて、シャワーを済ませている咲さん。全身で僕を求めて、僕の腕に飛び込んで来る咲さん。咲さん。咲さん。

 彼女の唇が、指先が、瞳が、彼女の全てが、僕を求めている。僕の全てが、彼女を求めている。確かにそう感じる。その時だけは、いつも、そう感じている。のだけれど。




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