君のことは一ミリたりとも【完】
8 言えない彼氏




高校生の頃は陸上部に入っていた。中学から続けていたので部活選びに悩むことはなく、陸上をするのは当然のことだと思っていた。
部活をする上で覚悟しなければいけないのは帰宅部の生徒たちよりも放課後の自由が奪われるということだ。特に運動部はそうで、大抵の遊びには部活があるので参加できないことが多い。

だけど陸上をすることによってそんな迷いも吹っ切れた。吹っ切れさせた、が正しいと思う。
私は友達が多い方ではなかったし、そんなクラスのイベントにもなるべく脚は運びたくない人間だったから。


「それじゃあ今から10分休憩。そのあと一人一人タイム測るから」


軽いフットワークをこなした後、鞄の中から清潔なタオルを取り出して顔の汗を拭く。
季節は二年の夏、もう少しで夏の大会の出場者を決める大事な記録会がある。私は短距離とハードルに参加する予定だ。


「(暑い……顔洗ってこようかな)」


冷たい水を頭から被りたい。きっとこの後も外練だし、直ぐに乾くだろう。
私は運動場を離れると水道がある校舎の裏へと回った。

蛇口を捻り、流れ出す水が緩いものから冷たい温度になったことを指で確認してからまずは顔を洗う。
そして流水を頭に被りながら一息をついた。気持ちいい。

こういう時、髪短くてよかったな、直ぐに乾くし。ただ上の兄からは「高校生になったんだから女らしくしろ」と批判を浴びた。
女らしくしろ、恋愛をしろ、そんな文句を言われるのは一番嫌いだった。誰もが女に生まれたのであれば髪を長くして恋に恋をしろという。

それがこの世界の常識なのだろうか。


「はぁ……」


顔を上げ、首に掛けていたタオルで自身の頭を吹く。頸から垂れた冷水がユニホームの中に入っていくのが気持ち悪かった。
と、直ぐ近くから視線を感じ、体ごと向けるとパックのアップルジュースを飲みながらこちらを見つめている人物がいた。



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