ぎゅっと、隣で…… 

南朋

 前から欲しかったニットワンピースを、散々悩んだ末に手に入れた南朋は、少し気分よく家の玄関のドアを開けた。


「南朋、今年は神社のお祭りの年番だでぇ。南朋ちゃんも出てみなよ」

 南朋が「ただいま」を言わないうちに、おばあちゃんが嬉しそうに居間から顔を出した。

 一回り小さくなったように思える体を弾ませて、南朋の側へ近づいてきた。



 南朋は短大を卒業して、地元の中小企業に勤めていた。

 人前に出るのが苦手だった南朋も、愛想笑いをし、周りに合わせて生きる事を学んだ。
 
 お陰で、なんとか人とも上手くやっているが、自分が何かをしたいなど考える事もなく、思っている事を口にするのは苦手な事は変わらなかった。

 それは、多分あの小学校三年の時に、南朋は自分という存在を消したままになっているのだと解っていたのだが、仕方ないといとどこかで諦めていた。


「ええ―。嫌だよ」

 南朋は口を尖らした。


「お父さんは仕事が忙しくて出られないし。翔はまだ高校生だし、陸上の大会もあるでぇ。役員の佐々木さんがどうしてもって言うもんで、南朋の名前書いておいたでね」



「もう! 勝手に!」

 南朋は怒ってはみたものの、子供の頃から楽しみにしていたお祭りに出てみたいという気持ちも少しはあった。


「近所の女の子達も出るで」


 婆ちゃんの言葉に、渋々南朋は肯いた。



 翔は陸上部に入り、全国大会まで出場するほどだった。

 その姿に母親も今では翔の事ばかりで、南朋に意識が向けられないのは南朋にとって有難かった。
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