泣けない少女

side-優愛

「ママ…?寝てるの…?」

電気の点いていない暗い部屋にいるであろう母親に声をかける優愛。あんな様子で1人で2階に行ってしまったのだ。幼い優愛が不安に駆られるのは当然と言えた。

「うう…ひく…っ…うえ…」

聞こえてきたのは母が零す嗚咽の音。暗闇に慣れてきた優愛の目に映ったのは声を押し殺してテーブルに伏せ泣いている優里の姿だった。

「ママ…?」

「もうやだ…なんで自分ばっかり…」

自分の声が聞こえていない訳では無いだろう。現に優里は一瞬優愛がいる方を見たのだから。しかしそれを意にも介さずブツブツと涙に濡れた平坦な声で終始「もう嫌だ」と呟いている。そんな姿を見た優愛の不安は一層焚き付けられた。しかしどう声をかければ良いのかわからない。

「優愛!ご飯出来たよ!」

1階から祖母の呼ぶ声が聞こえた。早く行かなければ怒られてしまうかもしれない。そう思った優愛は優里を心配に思いながらも階段を下って行った。

「……」

優愛は気付かなかったが、優里の手には1本のカミソリが握られていた。百均で買った安物だが、汚れひとつ付いていない新品の刃は、触ればいとも容易く皮膚を切り裂くだろう。カミソリを力強く握りしめ、1人葛藤していた優里は、暫くしてそれを箱の中にそっとしまった。
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