ただいま冷徹上司を調・教・中!
普段なら絶対に思いつかない。

けれど自分だけではなく、平嶋課長も私に恥を晒した。

そのことが私に大きな勇気をくれる。

「今日見たこと、聞いたことは他言しません。そのかわり……」

「……なんだよ」

「そのかわり、会社で噂になっている件、いっさい否定しないでください」

聡明な平嶋課長は、間違いなく私が何を言っているのか理解している。

自分の醜態と噂の肯定、どちらが自分にとってマイナスにならないかを考えてるに違いない。

「平嶋課長もなんとなく私の事情を察知してるとは思いますけど、私、社内恋愛してた彼氏を同期に寝取られて別れました」

「それは気付いてた。だから飲み会の時もあんなことになったんだろ?」

私よりも平嶋課長のほうが申し訳なさそうにそう言った。

「平嶋課長との噂が広がったことで、その同期は平嶋課長にいろんなことを言ってきたり仕掛けたりするかもしれません」

「そうなっても、久瀬との噂を否定するな、ということか」

「その通りです」

協力という名を使った取り引き。

しかもどっちを選んでも平嶋課長は損にしかならない。

自分にのみ都合のいい話だとはわかっているけれど、これは神様がくれたチャンスなんだ。

どうしても掴んでおかなくてはならない。

「今のことを口外されるか、久瀬との噂を否定しないか。どちらかを選べと言ってるんだな?」

平嶋課長のその問いには答えず、平嶋課長の決断のみを祈るような気持ちで待った。

どれくらいの時間がたったのだろう。

数秒のような、数分のような。

時間の感覚が狂うくらい緊張した時間が流れ、平嶋課長は一つの決断をして私を見つめた。

「久瀬の条件をのもう。俺は今後、噂の件で何があっても関係を否定するようなことは言わない。約束するよ」

自分でパッと表情が明るくなったのが分かる。

そして私と平嶋課長は、お互いの恥を隠すため、協力するべく握手を交わした。
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