冷酷な騎士団長が手放してくれません
(しっかりするのよ、ソフィア)


自分で自分を叱咤し、ソフィアは背筋を伸ばした。


(たかが脅しの手紙じゃない。怖がる必要なんてないのよ)


そう言い聞かせても、なかなか不安は消えてはくれない。


ニールに相談しようかと思ったが、外交で忙しくしている最中、こんなことで彼を惑わせたくはなかった。







午後十二時過ぎ。昼食を終えたソフィアは、食堂から自室へと戻る途中だった。自室で侍女に髪を直してもらい、一時にはサロンの開催されるティールームに行かねばならない。部屋では、すでに侍女がソフィアを待ちわびているだろう。


だがソフィアがいまだ回廊をウロウロしているのには、わけがあった。どこかでリアムに会えないかと、期待していたのだ。


あまり外出の予定のないソフィアは、この城に来てから二度しかリアムに会えていない。しかもどちらもマルガリータ公爵夫人が一緒だったので、護衛の立場であるリアムと密に話を交わし合うことは出来なかった。


リアムはその腕を見込まれ、すでに副騎士団長を任されているらしい。そのため連日訓練に明け暮れ、顔を見ることすら叶わなかった。


それに、ここでのソフィアの立場はアンザム邸にいた頃とは違う。生家では自由気ままに振舞えていたが、王子の婚約者である今は騎士団の館に出入りすることも難しい。







「ソフィア様、どうかなされましたか?」


騎士団の館は、回廊から中庭を挟んだ対面にある。あまりしつこくソフィアが行き来するものだから、不審に思った様子の侍女が声をかけてきた。


「いいえ、何でもありませんわ」


どうにか笑顔を取り繕い、ソフィアは回廊をあとにし、自分の部屋へと続く螺旋階段を登った。


すがるように、シルクの手袋をはめた右手をそっと撫でながら。


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