愛される自信をキミにあげる

 本日はお日柄もよく、という言葉をよく耳にする。
 価値観の違いはあるものの、この国の人々は信心深く、こと冠婚葬祭に限っては多くの人が六曜を気にする。
 ウェディングプランナーを始め、式場スタッフも大忙しの大安。
 今日はそれに当たる日だ。
 そして最近ずっと残業続きだったのは、時期的な忙しさもある。
 ジューンブライドとはギリシャ神話の最高位の女神とされたヘラが六月に祭られていることから、ヘラに見守られた六月に結婚する花嫁は幸せになれるという言い伝えだが、そもそもは雨が多いブライダル業界の閑散期にあたり、そう忙しいわけではない。
 暖かくなり雨も少ない三月の終わり、桜の開花宣言が先週されたこの時期、年に数度の繁忙期へと入るのだ。
 流行りの庭園パーティーや、屋上階にあるスカイチャペルでの挙式が人気で、一日に三件以上の挙式披露宴も珍しくはない。
 あたしも他の担当者に漏れず、一日中担当しているお客様との打ち合わせや、披露宴のヘルプに入り、ようやく昼食にありつけたのは午後三時を過ぎていた。
 休憩室でコンビニで買ったおにぎりを頬張っていると、部屋のドアが勢いよく開けられて麗が姿を見せる。
「笑留〜」
「麗っ、お疲れ様〜」
 麗は部屋に入るなり、疲れたとあたしの前の椅子に腰かけ、かけていた度の入っていない黒縁眼鏡を外し、テーブルに置く。
 麗が顔を隠すように眼鏡をかけるのは、以前に担当するお客様である相手から告白されてからだ。
 彼女が悪いわけではないが、結局、その二人は別れを決断し披露宴は取りやめになった。そのことを麗はひどく気にしていた。
 会社としては大事なお客様を失い、麗は自分の顔が業務に支障をきたすことを知り、仕事中は黒縁眼鏡に長く艶のある髪を後ろでアップにするようになった。
 それでも美人であることを隠せるわけではないが、以前よりかは少しはマシだと本人は言う。
 美人は美人で苦労するみたいだ。
「あっ、ねえねえ、英臣とどう?」
 麗はおもしろそうに口元を緩めて聞いてくる。
 彼女には三条課長とのことを何も伝えていなかったけれど、もちろん幼馴染みである彼が麗に伝えないはずがない。麗と三条課長の結婚を破談にするための、恋人のフリなのだから。
「……っ、ゲホッ、何、突然……っ」
「突然って、あいつ何も言ってこないけど付き合うことになったんじゃないの?」
 あれ、三条課長は麗に何も言っていないのだろうか。
 正確には〝恋人のフリ〟だが。
「そう、なるのかな……」
「ふうん、よかったじゃない。あたしには英臣の男としての良さは全然わかんないけど、笑留ずぅーっと好きだったもんね」
「はぁっ? な、何言ってっ!」
 麗は口元をニヤつかせて、あたしの脇腹を突いてくる。思わず食べていたコンビニのおにぎりを吹きだしそうになってしまった。
 そんな顔しても美人は美人で羨ましい、だなんて、あたしはやはりどこまでも卑屈だ。
「気づいてないと思ってた? わかるわかる! だって笑留、英臣の前だと女の子なんだもん。顔赤らめちゃってさ〜」
「か、からかわないでよっ」
「からかってなんかないわよ? 本気で、笑留と英臣にはうまくいってもらわないと困るし」
「困る?」
「笑留だっていやでしょ? あたしと英臣が結婚したら」
「そんなことない……けど。あたしは……麗が幸せなら……」
 嘘だ。
 口ではそんなことを言いながら、麗と三条課長が結婚したら嫌だと、あたしから三条課長を取らないでって思っている。
「嘘つきだなぁ。えーる、たまにはさワガママになったっていいと思うよ? 今あんたが抱いてる感情は、誰にでもあるんだから……別に恥ずかしいことじゃないよ?」
 何も言わなくともあたしの嫉妬心に気づいたのか、麗は宥めるようにあたしの頭をポンポンと叩いた。
「でも……あたしと課長じゃ、どう見たって釣り合わないし」
「もう、いつまでそうやって卑屈になってんの? 笑留は自分が思ってるよりずっと可愛いんだから。たまたま今まで誰にも気づかれなかっただけよ?」
 麗に言われたところで、あたしって可愛いんだと自信なんか持てるはずがない。
 だって、麗は本当に誰が見たって綺麗。
 あたしみたいに、昼にラーメンを楽しみになんかしないし、プロポーションを保つために炭水化物の量は制限してる。
 身長は二十センチ近く離れているのに体重は多分あたしと同じぐらいだ。
 それに化粧が苦手でほとんどすっぴんに近いあたしと違って、いつもメイクはバッチリ。
 麗が近くにいるから、あたしは誰にも気づかれないのだと自分を慰めている。
 彼女のせいじゃないのに、そう思うことで仕方がないと楽になれるからだ。
「で、デートとかもうしたの?」
「デート……って、するものなの?」
 付き合ってたらするかもしれないが、恋人のフリをするだけなのにわざわざデートをする必要があるのだろうか。
「笑留、何言ってんの? もう、ほんとにこの子は……」
「麗? なに……ちょっと……」
 見るからに肩を落とされて、またおかしなことでも言ってしまっただろうかと慌てる。
「わかった……あたしが連絡しとくから、笑留は英臣からの連絡待ってて」
「へっ?」
「あんた、拗らせすぎだわ……ほんと」
 ついにはため息までつかれて、なんだか申し訳ない。
 そうこう言ううちに互いに仕事に追われる時間になり、慌ただしく休憩室を後にした。
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