愛される自信をキミにあげる

 充実した毎日、仕事は残業なくアフターファイブは恋人とデート……なんて夢のまた夢。
 人様の幸せばかりを喜び、感動できる結婚式を作り上げるために土日の休みはほとんどなく、仕事で打ち合わせに来られないという新郎新婦のために夜は九時まで。
 自分より他人の幸せを祝う毎日では、結婚どころか恋人すら夢のまた夢に思えてくる。
 せめて、外見だけでも……たとえばおもちゃ売り場に並ぶミカちゃん人形みたいにスレンダーだったら。
 せめて、読者モデルをしていた友人ばりに綺麗だったら。
 あたしの世界も今とはまったく別であったかもしれない。
 ショートカットに憧れはあるけれど、天然パーマのせいで髪は恒久的にロングヘアーに決まっている。何度もストレートパーマを試したせいで、色の抜けてしまった髪は湿気が天敵だ。
 平々凡々な見た目のあたしの前にいるのは、まさしく学生の頃読者モデルをしていた、身長百七十オーバーの美女、滝川麗《たきがわれい》だ。
「で、英臣《ひでおみ》がさ、そんなの一人で行けば、とか超冷たいこと言ってくれちゃって! 幼なじみのくせに!」
 彼女が本気で怒っているわけではないことは、もう知っている。それどころか惚気に聞こえて、まったく羨ましいばかりだ。
 ツンと尖らせた唇は艶めいていて、派手派手しく一歩間違えば品がないように思われる真っ赤な口紅を、麗は見事に使いこなしていた。麗は指が細くて長いから、ネイルで整えられた爪もよく映える。
 たとえば、野暮な格好をしていたとしても、一流のハイブランドに思わせてしまう魅力が彼女にはある。さらにいえば、彼女もまた三条課長と並ぶほどの裕福な家柄で育っている。
「麗はまたそんなこと言って……結局優しい三条《さんじょう》課長を付き合わせたくせに。いくら幼なじみって言ったって、二十八歳の男の人が特大パンケーキ食べについてきてくれたりしないよ?」
「わかってるわよ〜英臣が優しいことぐらい。でも、英臣の愚痴言えるの笑留ぐらいなんだから許して」
 たしかにそれはあるだろう。
 会社からほど近いイタリアンレストランで、店内が騒ついているからこそできる話だ。これがもし社内であったならばと考えると恐ろしい。
 麗は周りから三条《さんじょう》英臣課長の特別な相手として認知されているからまだいい。ただのモブであるあたしが、もし三条課長の愚痴など吐こうもなら、たちまち孤立してしまうことは火を見るより明らかだ。
 それが大げさでないぐらい、三条課長人気はものすごかった。
 誰に対しても優しく温厚で、仕事は正確無比。
 父親は重役の一人であることから将来の代表取締役だと囁かれている。見た目はまるで異国の王子様、黄金色の艶のある髪に長い睫毛、それに薄茶色の瞳はところかまわず人目を引く。
 あたしだって、憧れないわけではない。
 麗とよく一緒にいることで、一言二言会話することがある。その度に、こっそり彼の顔を見て、頬がぽぅっと染まってしまうぐらいには胸が高鳴るし、麗から聞く三条課長の話を羨望の感情を隠しながら聞くのは情けない。
 けれど、勘違いしたらダメ。
 物語のヒロインは、だいたいが麗のような美人で、あたしはヒロインの友達枠。彼を狙うライバルとしては美人でもなく普通すぎるから、よくて友達Aの位置だ。ヒロインの愚痴を聞いたり、励ましたり、それがあたしの役目。
 人生の中で、こんなあたしにも誰か一人という相手が現れるとしても、それはスポットの当たらない場所でのこと。
 いつだってドラマティックに取り上げられるのは、麗と三条課長のような人たちだけだから。
 そんなことばかり考えて卑屈になる自分が嫌になる。ため息をつきながら、クルクルとパスタをフォークに巻いて、無言のまま口に運んだ。
「はぁ……でもさぁ、あたしももう二十五歳でしょ? 親からそろそろ結婚はって聞かれるのよ」
 麗の言葉に胸がツキンと痛んだ。
 相手はなんて聞かなくてもわかる。
 そもそも二十五歳で結婚の話なんて早過ぎはしないか。
 二十二歳で恋人の一人もいたことのないあたしにはわからないが、やはり麗のような資産家の家では大事なことなのだろうか。
「結婚、するの?」
 告白をしてもいないのに、あたしは失恋気分を味わっている。結婚してからも、彼女の幸せそうな愚痴を聞きながらきっと何も変化のない日常を送るんだろうな、と考えると心に隙間風が吹くみたいに寂しくなる。
「ん〜あたしはしてもいいかなって思ってるんだけど、笑留に言ったことあるっけ? 彼の話」
「三条課長でしょ? いつも聞いてるじゃない」
「はぁっ!? 何言ってんのっ? っていうか、英臣はた〜だ〜の幼なじみだってば!」
 向かい合わせにパスタを食べていた麗の瞳が驚きに見開かれた。
 驚いたのはこっちだ。三条課長でないのなら、誰だと言うのか。
「へっ……え、どういうこと? だって、結婚するって……」
「だからね、付き合ってる彼と! もちろん英臣なんかじゃないから!」
「なんか、って」
 もしも三条課長と付き合えたら。
 そんなことを考えるだけで、あたしなら幸せの絶頂でしばらく仕事が手につかなくなってしまう。
 でも、年は違うけどかなり仲のいい友人だと思っていたのに、麗に恋人がいることすら知らなかった。本人は忘れていた、という物言いだったが何か言えなかった理由でもあるのかもしれない。
「でもさ、うちの親は英臣がお気に入りなわけ。彼氏を親に紹介したことないんだけど、父親が息巻いちゃって婚約するって……このままじゃ結婚相手が英臣になっちゃうのよっ」
「ええっ!?」
 一度地獄に突き落とされて、ふわふわと浮かんできているところを再び突き落とされたような気分になった。
 あたしなら──あたしだったら。そう考えてもどうにもならないのに。
「でも、あたしなら……結婚相手が三条課長なら嬉しいけどな。麗は贅沢だよ」
 いつもなら絶対に言わない言葉を選ばせたのは、こんな思いがあったからかもしれない。
 綺麗で輝いていて、当たり前のように三条課長のそばにいる麗のこと、ずっとずっと羨ましいって思ってたから。
「じゃあ、笑留が結婚してくれる? あいつと」
 どこか楽しげに口を開く麗の言葉に、あたしは耳を疑った。
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